君の音に近づきたい
「なんだか、自分の手が自由になったみたいで。手の動きに支配されなくなった感じです」
嬉しくなって、二宮さんの方に振り向く。
気のせいかもしれないけど、少しだけ優しい表情になっている気がする。
「私なりに一生懸命練習していたつもりだし、自分ではそれなりに弾けているつもりになってた。それが、特別才能あふれるものだとはもちろん思ってなかったけど、でも、どうしようもないほどヘタだとも思っていなかったんですよね。ホント、甘かったです……」
難しい曲を、なんとかして弾けるように。
自分なりにつまらない練習もしてきたと思ってる。
でも、それはきっと独りよがりのものになっていた。
自分の都合のいい練習になっていたんだ。
「自分で『弾けた』と思ったその先に、実は、本当に納得できる演奏までにはまだまだ長い道が続いていて。そこに到達するために、ピアニストは自分の演奏をひたすらに突き詰めて向き合う。だから、どんなプロだって、単純な練習を疎かにしない。あんたは、『弾けた』という感覚に到達したところで、満足しちまったんだよ」
さっきのような怒鳴りつけるような言葉じゃない。私を諭すように、そう指摘した。
「……二宮さんも、こういう練習しているんですか?」
二宮さんのような天才も、未だにこんな単純な練習をしている――?
「あたりまえだろ。これ以上だよ。俺みたいな未熟な奴が、基礎を疎かにしていいはずねーだろうが。あんたに今させた練習なんて、毎日毎日、どんなに仕事が忙しくても欠かさずやってるよ」
ホント、恥ずかしい。穴があったら隠れたい。
地道な練習があって、その実力がある。
どんなに天才だって、努力を惜しめば満足できる演奏なんてできない。
そんな当たり前のことが、まるで頭になかった。
「ありがとうございます。二宮さん、忙しいのに、私のような人間の練習に付き合ってくださって。いろんなこと、思い知ることが出来ました」
もう、ただただ頭を下げるだけだ。
この前の公開レッスンよりよっぽど、自分に足りないものを教えてもらえた気がする。冷静に受け止めらる。
「……まあ、公開レッスンのあんたの演奏、嫌いではなかったから」
「え……?」
ん――?
二宮さんの言葉に、思わず顔を上げた。