君の音に近づきたい
「それに、そんだけピアノが好きで仕方がないって感じで弾いているのに、どうしてそんなにも下手なんだろうかと、単純に疑問で――」
「そ、そうですか……」
ハッとした表情が、180度変わったのが自分でも分かる。
相手は二宮さんだ。一瞬、喜んでしまいそうになった自分を恨む。
「正しい練習をして、正確に弾けるようになったら、どうなるんだろうかと、興味が湧いた。ああ、でも――」
二宮さんがその口角を上げ、ニヤリとする。
「そう言えば、自分の才能のなさに打ちひしがれて、もう諦めたんだったな。あとは適当にこの学校で過ごして、大学まで卒業するんだったか」
「ち、違います! そんなの、嫌です!」
もっと、上手くなりたい――。
萎んでいたはずの心が、急激に膨らんで行く。
ただ純粋に。もっと、もっと、弾けるようになりたい。
忘れそうになっていた思いが蘇る。
「だったら。もっと考えろ」
その目が真っ直ぐに私を見る。
「やみくもに時間をかけるだけの練習は無意味だ。今すぐやめろ。自分がする練習の一つ一つの意味を考えて、意識しながら指を動かせ」
「はい」
私もその目に応える。
「――ああ、もうこんな時間かよ。せいぜい頑張れ。じゃあな、どヘタ」
二宮さんが鞄を手にして肩に掛けてから、練習室を出て行こうとした。
「あのっ。頑張ります! 今日は、こんな機会をくださってありがとうございました!」
その背中に精一杯、頭を下げる。
「このご恩、一生忘れません」
いろんなことを気付かせてくれた。
口は悪いし高圧的だったけれど、このたった一度のレッスンで、私に薄れていた気持ちを思い出させてくれた。
「一生って……これで最後みたいな言い方だな」
二宮さんがドアに手を掛けたまま私の方に振り向く。