君の音に近づきたい
4 ホントはどんなひと?
「……あの子だよね?」
「そうそう、1年生でしょ? 入学早々すごいよね。あの二宮さんに近付こうとするなんて」
朝。登校して来て上履きに履き替えていると、ひそひそ声なんだけどなぜかはっきりと聞き取れてしまう会話が耳に届く。
「確か、あの子って……公開レッスンで中市先生に、めちゃくちゃ言われてた子だよね」
「そう。見てる方が辛くなるくらい」
「実力もないのに、二宮さんとは仲いいの?」
「仲いいはずないよ。三年生にだって二宮さんと親しくしている人はいないって聞いたよ? あの子が勝手に追いかけてるんじゃないの?」
「実力ないのに近付こうとか、どんな度胸してるの」
全部、聞こえているんですが――。
私の顔を見る度に、顔を合せた人たちが、私をちらちらと見る。
見るだけならいいけれど、ひそひそと会話を始める。
二宮さんが、たくさんの人の前で耳打ちなんかするから――っ!
だいたい。それだって私からしたわけじゃないし。
あの人が勝手に私のクラスまで押し掛けて来ただけだし――!
なんて、せいぜい心の中でしか叫べなくて。
俯いて、足早に廊下を歩いて行くことしかできない。
1-Bの教室になんとかたどり着いてホッとしたのも束の間、ここで女子からの視線が一斉に私に向けられた。
「お、おはよ……」
ひきつる顔をなんとかして笑顔にして、そう口にしてみる。
「桐谷さん!」
待ってましたとばかりに、私に突進して来そうになる女子に怖気づく。
「ねぇ、昨日のあれって、何なの?」
ここでも、また二宮さんのこと――。
それも無理はないのかもしれない。この子たちは、まさにあの場面を目の当たりにしているわけだし。
でも、やっぱり逃げ出したくなる。
だって、何をどう説明したらいいかなんて、分からないんだもん!
「桐谷さん、おはよう!」
徒党を組んで押し寄せて来る女子に後ずさると、救世主のような明るい声が飛び込んで来た。
「あ……林君、おはよう」
教室に現れたのは、同じクラスの林君だった。つい、すがるように林君を見つめてしまった。
「どうしたの? みんな集まって」
私と、私に詰め寄る数人の女子を、林君の大きな目が交互に見つめている。
「林君も見たでしょ? 昨日の二宮さんと桐谷さん。一体どういうことなのか気になって気になって」
一人の女子がそう言う。
「ああ……」
林君が思い出したように声を漏らすと、女子たちに顔を向けた。
「でも、ごめん。ちょっと、桐谷さん貸してもらえるかな。僕も桐谷さんも、先生に呼ばれてるんだ。桐谷さん、ちょっといい?」
「え? わ、私?」
そして今度は私に笑顔を向ける。
「そう。僕たち、実技の先生一緒だろ? 何か連絡したいことがあるらしい」
「え――」
「ほら、行こう。じゃあ、ごめんね」
林君が女子たちに何故か謝ると、すたすたと歩き出してしまった。
「私、行って来るね」
なんだかよく分からないけれど、呼ばれているのなら行かないと。
内心、助かったと思いながら、慌てて林君の後を追う。