君の音に近づきたい
「――なんだか、凄いことになってるね」
少し林君と話をしてから、教室に戻って来た。
席に着くと、すかさず香取さんが私に振り向く。
「『身の程知らず』さん」
そう言って、香取さんがからかう。
「もう、やめて。本当に、うんざり」
私は机に突っ伏す。
『テクニックも音楽性もない女』にもう一つの称号が加わったらしい。
『テクニックも音楽性もないくせに身の程知らずの女』
こんな風に注目される予定なんてなかった。
「それにしても、どうして女の子ってこうなのかな。自分の都合のいいように考えたくなるんだよね」
突っ伏した私の頭上から、香取さんの溜息が聞こえる。
「どうして勝手に、桐谷さんが二宮さんを追っかけてることにしちゃうのか。その逆かもしれないのに。それじゃあイヤだから自分の都合のいいように理解して噂するなんて、ホント、くだらない」
香取さんの言葉に、のそりと顔を上げた。
「……その逆は、絶対にあり得ないけど。でも、私も別に二宮さんを追いかけまわしているわけじゃない。この先のこと考えただけで、憂鬱になる」
がくっと頭を垂れる。
「――大丈夫だって。人の噂も七十五日って言うし。それが誤解なら、周りもすぐに忘れるって。それが、”誤解なら”だけどね」
そう言って、香取さんが私の肩をぽんぽんと叩く。
多分、もう、二宮さんとは個人的に関わることはないと思う。
『仕事が落ち着いたら、また見てやるよ』
そう言っていたけど、結局、最後は二宮さんを怒らせたみたいになって別れたし。
今となっては、それで良かったのかもしれない。
たった一度だけでも、あんな機会をもらえただけで十分嬉しかった。
所詮、私とあの人では生きている世界が違う。二宮さんが発した言葉が心に残っているけれど、私が二宮さんのことを考えたところでどうすることも出来ない。
あの音は、私の中にあり続ける。
二宮さんが私にくれた時間と言葉を胸に、私は私の世界で精一杯頑張ろう――。
そう思っていた。