君の音に近づきたい


練習にかける時間より、その内容について深く考えるようにした。
指、一本一本の動きに、神経を行き渡らせる。

単なる反復練習をこなすだけじゃない。出来ていること、出来ていないこと、細かいところにまで気を配り確認する。

そうすることで、同じ練習時間でも明らかに成果が変わった。

「――桐谷さん。少し、タッチが安定した? 何か練習方法でも変えたの?」

公開レッスン後、初めての実技レッスンでそう先生に言われた。

「はい。自分の指の動きを、何度も一定のテンポで弾きながら確認するようにしました。自分の耳で、少しのずれもないかをちゃんと聴くようにして、テンポを上げて行くという練習をしてみたんですけど……」

二宮さんに言われた方法で、自分なりにもアレンジして練習を続けてみた。

「いいと思うわよ。ピアノは、自分で『ここまで弾ければいい』って満足してしまったらそこでおしまいだから。どれだけ緻密に練習できるかね」

担当講師の岸田先生がにこりと笑う。

「じゃあ、もう少し、エチュードの完成度を上げられるまで弾いておきましょうか」

「はい」

先生の耳で聴いて変化があるなら、間違いない。
レッスン中の先生の目の色も変わる。

先生だって人間だ。
たくさんいる生徒をまったく同じ熱量で指導するなんてことは難しくて。
才能がある生徒、努力家の生徒、向上心のある生徒――そんな生徒に力を入れたくなるものなんだろう。

だから、レッスンを受ける自分が、いかに先生に本気にさせるかが大切なのかもしれない。

授業が終わった後も、学校の練習室で練習を続ける。
大好きな、ショパンのエチュード”黒鍵”

もっと上手に、もっと素敵に、弾けるようになりたい。

無我夢中で、鍵盤と向かい合っていた時だった。

「――熱、入ってんな。あれから、頑張ってたんだ」

それは突然だった。

「な、な……っ」

何で――?

耳に飛び込ん出来た声で、指の動きを止める。
何の断りもなく当然のように練習室に入って来た二宮さんに、ただ口をぱくぱくとさせる。そんな私にお構いなく、どかっとベンチに腰掛けた。

「よいしょっと」

肩に掛けていた鞄をベンチに置き、相変わらず大きな態度で脚を組む。

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