君の音に近づきたい
「――で?」
「え?」
腕を組んだ二宮さんが、鋭い眼差しを私に向けた。
「あんたはそんなことを気にして、俺を追い出そうとしていると」
「追い出すだなんてそんな――」
「くだらない噂に振り回されて。人の目と、もっと上手くなること。どっちが大切なんだよ」
その目が、私を咎めるように真っ直ぐに見ている。
「何のために音高に来た。クラスメイトと仲良しこよしの高校生活を送るためか?」
「ち、違います――」
「だったらもっと貪欲になれ。『身の程知らず』なんて言われたままで悔しくないのか」
悔しいに決まってる。
自分の実力のなさのせいで、一方的にそう言われてしまう。
何よりそんな自分が悔しい。
「ここでは、そんな悔しさは全部音楽で取り返すんだよ。もっと上手くなって『あの子ならしょうがない』ってピアノで納得させろ。あんたのすることは、俺を追い出すことじゃねーだろ? 俺を利用して、もっともっと上手くなることだ」
「で、でも、二宮さんにも迷惑が――」
私なんかに構っているなんてことが広まってしまったら、迷惑になる――。
「迷惑? 馬鹿じゃねーの」
私の言葉なんて、いとも簡単に一蹴された。
「迷惑かどうかは俺が決める。
あんたは、どんな手を使ってでも上手くなる。そうじゃなきゃ、ここではやってけない。上手いか上手くないか。それがここでの価値基準。どヘタのままじゃあんたは、トップレベルの奴のためのただの金づるになる。それでいいのか」
その言葉に、激しく頭を叩かれたような衝撃を受ける。私を射抜くような視線が、私の心にまで突き刺さった。
「い、嫌です……っ!」
「だったら、余計なこと考えずに上手くなることだけ考えろ。人の噂なんて気にするな。そんなもの、ピアノの腕で黙らせろ」
バカみたいだ。
目の前にある問題ばかりに目が行って、いつの間にか、どうでもいいことばかりに捕らわれていた。
ここに来た一番の目的を忘れていた。
「分かったのか」
「は、はい!」
結局私は、この人の前ではそう言っている。
いつだって、一番大切なことに気付かせてくれる。