君の音に近づきたい

「――分かったんなら、あんたもオーデションを受けろ」

「は、はい……?」

二宮さんの口から出たその言葉に、きょとんとする。

「俺のとこにオファーが来た。秋の文化祭で、俺が連弾するステージを企画しているらしい。それで、その連弾相手を選ぶオーデションを校内でするんだと」

「連弾……二宮さんと?」

二宮さんと一緒に演奏――。あまりに大それたことでよく理解できない。

「まあ、俺は客寄せパンダだろ。パンダはパンダでしかないけど、それでもパンダはパンダだ」

パンダ、パンダ、連呼されて余計に頭が混乱する。

「大勢の前で演奏する機会だ。正々堂々選ばれて、身の程知らずを覆せ」

二宮さんが、にやりと笑う。貴公子二宮が見せる笑顔じゃない。それは、悪魔二宮が見せる笑みだ。

「そ、そんな簡単に……だ、だって、私は底辺で、周りの子はみんな全国区で――」

「さっき、俺が言ったこと忘れたのか?」

「い、いえ、忘れたりなんかしません!」

「俺と連弾、したくないの……?」

「し、したいですっ!」

ぎゅっと目を閉じて、叫んでいた。

「よし。あんたが選ばれるの、楽しみに待ってるよ」

悪魔が、悪魔の笑みを湛えながら囁く。

「――というわけで。俺、帰るわ」

「えっ、え……?」

私に驚く間も与えず、二宮さんがベンチから立ち上がる。

「あんたのいる部屋探すのに、全部練習室見て回ったのに疲れたし。それに。あんたがオーディション受けるとなったら、俺が個人レッスンすんのまずいだろ」

「あ……」

「コネだとか、裏があるとか思われんのも癪だしな。あんたも後ろめたい気持ちになりたくないだろ? 俺と連弾したいなら、俺にレッスンしてもらいたいなら、自分の力で勝ち取るんだな。上手くなりたいという気持ちが本気なら、できるはずだよな? ”ピアノの腕で周りを黙らせろ” だ。いいな?」

質問しているようで、まるで答えなんて求めてない。イエス以外の答えなんて認めるつもりなんてない。
そんな、私に何一つ言葉を挟ませないような矢継ぎ早の言葉に、結局何も言えない。

「連弾の権利勝ち取ったら、嫌って程レッスンしてやるから。じゃあな」

「あ、あの――っ」

「がんばれー」

まったく心のこもっていない棒読みの声とひらひらと振られた手のひらと共に、扉は無情にも閉じられた。

突然現れたと思ったら、言いたいことだけ言って去ってしまった。

結局、二宮さん、今日は何しに来たんだ――?

一人取り残された練習室で、考え込む。

もしかして、連弾のオーディションのことを伝えるためだけに、わざわざ私のことを探してくれたってこと――?

本当に、よく分からない人だ。
これもまた、二宮さんの言う、気まぐれでどうでもいいことなのかな。
あの、嫌味な笑みを思い出して思わず笑ってしまう。
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