君の音に近づきたい
「桐谷さん、おはよー」
重い気分のまま自分の席に着くと、すぐさま香取さんが登校して来た。
「おはよう」
「秋の文化祭、なんだか、面白い企画があるみたいだね。めちゃくちゃ盛り上がってたよ」
香取さんもあの騒ぎに気付いたみたいだ。席に着くなり私の方へと身体を向ける。
「……そうみたい」
「特に女子なんて、きゃきゃあ騒いでたよ。あの人イケメンだし、無理もないか」
「イケメン……そうか。そう言えば、そうだったね……」
二宮さんと関わるようになって、あの人がイケメンだということをすっかり忘れていた。イケメンを忘れさせるほどの豹変ぶり。一体、どれだけのインパクトなんだ。あの二重人格は、強烈だ。
「桐谷さんも、二宮奏との連弾オーディション、エントリーするの?」
目をまん丸くして、興味津々に香取さんが聞いて来る。
「……う、うん。まぁ」
自信を持って応えられない自分が情けない。
オーディションを受けると決めたのに、まだ何を躊躇しているのか。
正直、あの騒ぎを目の当たりにして、少し怖気づいている自分がいる。
「やっぱり。だって、桐谷さん、二宮さんと仲良さそうだもんね?」
「だから。仲良くなんかないって!」
きりっとした美人顔の香取さんが、珍しく悪戯っ子のような顔で私をからかう。
「受けるんなら、合格したいよね。頑張れ!」
「う、うん。全然、自信ない。今から緊張し過ぎておかしくなりそう」
本当に、自信ない。
「オーディションにしたって、コンクールにしたって、受けるのに緊張しない人なんていない。落ちるかもとか、失敗するかも……とか。でも、その不安と戦ってこそ、得られるものがあるんだから。精一杯やればいいんだよ」
大人びた表情に戻った香取さんが私を真っ直ぐに見つめる。