君の音に近づきたい
「――香取さんでも、やっぱり緊張するの? だって、全国レベルのコンクール、いくつも出て来たんでしょう? それで結果も出してる。凄いよ」
コンクールで賞を取る――私にとって、とてつもなく高い壁。
想像しただけで、昔の古傷がじくじくする。考えただけで足が竦んでしまう。
「あたりまえだよ! あんなの、何度やったって慣れない。それでも、やっぱり目指すものがあるから逃げられない。だから、頑張る。それしかないもん」
「香取さんの目指すものって、やっぱり、プロ……?」
プロの音楽家。それは、私にとって果てしなく遠い場所にあるものだ。
「うん。私は、どうしてもソリストになりたい。そのためには、少しでも大きなコンクールで一番にならないと。コンクールは、無名の音楽家が未来を手に入れるための切符みたいなものでしょ。誰もがみんなその少ない切符を手に入れるために、血の滲むような努力をしてる。真剣勝負だよ」
その強い意思をそのまま表したような眼差しに圧倒される。
そして、その強い思いに、憧れの気持ちさえ生まれて来る。
「そんな風にはっきりと自分の夢を言葉にできるの、すごくかっこいいなって思った」
大きな夢を抱えて、それでいて夢で終わらせないっていう強い信念もある。
そのキラキラとした目が、私には眩しかった。
「桐谷さんは? 将来、どうなりたいの?」
「私は……。まだ、何も。目の前のことに精一杯で――」
ただ、憧れの音を追い求めて。とにかく上手くなりたいという思いだけで精一杯だ。
「それなら、とりあえずは、あのオーディションを全力で頑張ってみたら?」
香取さんが、ニコリと笑う。
「それだって十分、真剣勝負だよ。あの二宮奏と演奏するんだよ。文化祭だとは言え、たくさんの人が聴きに来るだろうしかなり注目される。そんな場で自分をアピールできるんだもん。ただの文化祭の出し物とは違うんじゃない?」
「う……っ。なんだか余計に怖いけど、が、がんばる」
「頑張れ!」
励まされたような、脅されたような。
でも、私はやると決めたのだ。
二宮さんにもオーディションを受けると宣言した。
いろいろ考えたら怖くなるけど、頑張る。
頑張ってみせる――!
無理矢理に、自分を奮い立たせた。