君の音に近づきたい
オーディションの曲目は自由。
それならやっぱり、ショパンのエチュード”黒鍵”かな――。
二宮さんにレッスンしてもらった曲でもある。大好きな曲だし、これまでよりかなり良くなった自覚もある。
放課後、廊下を歩きながら必死に考えていた。
「――桐谷さんっ」
そんな私を呼び止める声が、背後から聞こえてきた。
振り返ると、私を追いかけて来る林君の姿が目に入る。
「桐谷さんも、連弾のオーディション受けるの?」
「う、うん。そのつもり」
何の前置きもなく、林君がそう聞いて来た。
それに少し驚いたけど、正直に答える。
私の真正面にたどり着いた林君の表情は、いつもの優しげなものではなく、どこか焦っているみたいだった。
「それって、二宮さんだから……だよね?」
「え……?」
どうしてそんなことを聞いて来るのか分からなくて言葉に詰まっていると、思いもよらないことを言われた。
「桐谷さんが受けるなら、僕も受けるよ」
「え? それって、どういう……」
前のめりに吐かれた言葉に、さらに驚く。
「あ……っ、いや、桐谷さんが頑張るなら僕も頑張りたいなって。ほら、お互い励まし合っている仲だし。桐谷さんに刺激されたっていうか、負けてられないっていうか」
林君の表情がいつもの親しみやすい笑顔に戻る。
「そっかぁ。じゃあ、ライバル、だね」
私も笑顔で応えた。