君の音に近づきたい

その日も、放課後ずっと練習室にこもっていた。

二宮さんに言われた通り、一つ一つの練習を考えながらする。
確実に正確に、何度も何度も確認している。

それなのに、どうしてこんなにも思うように弾けないんだろう――。

誰が聴いているわけでもない。一人で弾いているだけなのに、ドクドクと激しい鼓動が指も手も妨害するみたいで。

大好きな曲なのに、音が自分の周りだけで鳴っているみたい。

どうして――。

「おいっ!」

え――?

ハッとして、練習室の扉に目をやる。

「やっと気づいた。何度も呼んだぞ」

腕を組み、扉にもたれて立つ二宮さんの姿があった。その姿を見たのは二週間ぶりだ。

「……ど、どうしたんですか?」

「たまたま通りかかったんだよ」

全然気づかなかった。

「あんた、どれだけのめり込んでんだよ」

「集中、してたみたいです」

動かし続けていた手を止め、ふっと息を吐いた。

「――今のあんたの集中は、いい集中じゃないな」

「……え?」

その場所から、二宮さんがじっと私を見ている。

「あんたの唯一のいいところ。楽しそうに弾くピアノ。それが、まるでない」

”楽しい”

そんなことすっかり忘れていた。

「あんたから”楽しい”を取ったら、何が残るんだよ」

でも――。

私は、何かを考える前に、心にあることを口にしていた。

< 65 / 148 >

この作品をシェア

pagetop