君の音に近づきたい
その日も、放課後ずっと練習室にこもっていた。
二宮さんに言われた通り、一つ一つの練習を考えながらする。
確実に正確に、何度も何度も確認している。
それなのに、どうしてこんなにも思うように弾けないんだろう――。
誰が聴いているわけでもない。一人で弾いているだけなのに、ドクドクと激しい鼓動が指も手も妨害するみたいで。
大好きな曲なのに、音が自分の周りだけで鳴っているみたい。
どうして――。
「おいっ!」
え――?
ハッとして、練習室の扉に目をやる。
「やっと気づいた。何度も呼んだぞ」
腕を組み、扉にもたれて立つ二宮さんの姿があった。その姿を見たのは二週間ぶりだ。
「……ど、どうしたんですか?」
「たまたま通りかかったんだよ」
全然気づかなかった。
「あんた、どれだけのめり込んでんだよ」
「集中、してたみたいです」
動かし続けていた手を止め、ふっと息を吐いた。
「――今のあんたの集中は、いい集中じゃないな」
「……え?」
その場所から、二宮さんがじっと私を見ている。
「あんたの唯一のいいところ。楽しそうに弾くピアノ。それが、まるでない」
”楽しい”
そんなことすっかり忘れていた。
「あんたから”楽しい”を取ったら、何が残るんだよ」
でも――。
私は、何かを考える前に、心にあることを口にしていた。