君の音に近づきたい
「私、もうずっと、誰かと競うためのピアノって弾いてないんです。だから、怖くて……」
選ばれなかったときの自分を想像すると、物凄く、怖い――。
怖くて仕方ないのだ。
「それって……コンクールとかオーディション、受けてないってことか?」
その二宮さんの問いかけに頷く。
小さい時に初めて受けたコンクールに失敗してから、そういう場でピアノを弾くことを避けて来た。
――春華は、楽しくピアノを弾けばいいんだよ。
コンクールに落ちて泣きじゃくる私に、お母さんや当時のピアノの先生が言った。
あれからずっと、誰かと競うことをしていない。
このオーディションは、選ばれるのは一人。その一人以外は皆、落ちるということ――。
「――なるほどね。だからあんたの演奏は、この学校のどの生徒とも違って聴こえたんだ。ホント、あんたの教師はあんたの好きなように弾かせて来たんだろうな」
ふっと、二宮さんが笑う。
「……はい。受験のためのレッスンを始めるまでは、私のいいところを褒めて、私が弾きたいように弾かせてくれる、そんな先生でした」
もともとそういう先生だったけれど、コンクールに落ちてからは、より先生は私を好きなように弾かせていたと思う。音楽を嫌いにならないように。私の心を潰さないように。
「中学生になって、入試の課題曲だけは違う先生のもとで合格できる演奏をマスターしただけで……」
「ピアノで専門の道に行こうと思ったら、当然のようにコンクールに出るようになる。そうなると、コンクールで勝てる演奏、審査員に減点されない演奏をするようになるからな。あんたのは、まったくそういうものに捕らわれていない演奏だ」
腕を組んだままで、私を見て言った。
「自由に楽しく。そういうピアノを聴いたの、本当に久しぶりで。だから、公開レッスンであんたの演奏を聴いてから、ずっと耳に残ってたんだな」
その声は、どこかしみじみとしたもので。その目は、どこか違うところを見ている、遠い目だった。
「心から弾きたいように弾く。だから楽しい。そんな演奏は、俺にはもう出来ないから――」
「どうしてですか? 二宮さんの弾きたいように、弾けばいいじゃないですか」
この前からずっと気になっていた。
二宮さんの言葉が、心に引っかかっていた。