君の音に近づきたい
その日は簡単なホームルームをしただけで、すぐに解散となった。
本格的な授業が始まるのは来週当たりからだろうか。
敷地内には、大学と高校の校舎がそれぞれ配置され、さきほどの式典があった講堂がある。
音楽学校らしく、あちらこちらから様々な楽器の音が聞こえて来た。
校門までの並木道を歩く。
まだ慣れないこの場所をきょろきょろとしながら進むから、校門まで来るのに思いのほか時間がかかってしまった。
お父さんとお母さん、先にどこかでお茶してるって言ってたけど、どこのお店だろ――。
なんて思いながら、スマホを手にした時だった。
「きゃーっ!」
な、なに――?
悲鳴か何か?
その音がする方に視線を向けると、校門前にたくさんの人が集まっていて大騒ぎになっている。人と言ってもほとんどが女子だ。
中学生なのか高校生なのか。この高校とは違う制服を着ている女の子たちだ。
何人くらいだろう。ざっと見ても10人以上いる気がする。
そのひとだかりの先に、二宮さんの姿があった。
「邪魔になりますから! どいてどいて!」
学校の警備員さんが追いやろうとすると、すぐさま二宮さんがそれを制止した。
「ごめんなさい。ここ、たくさんの人が通るので、あんまり騒がないでくださいね。サインならちゃんと順番に書きますからこちら側に一列で並べます?」
警備員さんの指示にはまったく従う様子のなかった女子たちが、二宮さんの一声ですぐに一列になった。
「奏君! ありがとうございます! 応援してますー!」
「こちらこそありがとうございます。頑張ります」
二宮さんが一人一人に丁寧に笑顔で答えている。
爽やかだ……。まさに、貴公子。
女子が手にしている雑誌やCDにサインをさらさらと書いていく姿を、私は呆然として見ていた。