君の音に近づきたい
「夏休みと言っても、俺は仕事あるからそう何度も学校には来られない。週1はなんとか来るようにはしたいと思ってるけど――」
二宮さんはアイドルじゃない。ピアニストだ。自分の意思を持ったピアニストのはず――!
「……って、おい。俺の話、聞いてんのか!」
「は、はいっ。すみません!」
しまった。あれこれ考えていたら、二宮さんの話をまったく聞いていなかった。
「これ。俺の大体のスケジュール。この日に練習に来るつもりだから、それまでに、それなりには弾けるようにしておけよ」
そう言って、一枚のメモ用紙を手渡して来た。そこには、いくつかの日付が並んでいる。それは、二宮さんの言う通り、七日ごとの日付になっていた。
「……分かりました」
紙きれを受け取ると、二宮さんがふっと、大きく溜息を吐いた。
「――さっきから、一体何を考えてんのか知らないけど。俺に、余計な気なんて回すんじゃねーぞ。別に俺は、あいつに言われたことくらい、なんとも思ってねーよ」
「……え?」
「あいつの言ったことなんて、もうとっくに分かり切っていることだ。あんたは、人の心配してないで自分の心配をしろ。何が、『大変だろうこと、分かっていて応募したので大丈夫です!』だ。周りに『身の程知らず』って言われて俺を追い払おうとしてたくせに。それで? 夏休み前の試験はどうだったんだよ」
「う……っ」
突然、どうして試験の話なんか――っ。
二宮さんから目を逸らしつつ、言葉短く答える。
「まあまあ……です」
本当は、ぎりぎりのところだった。オーディションのための曲ばかり練習してしまって、実技試験が追試になるところだったのだ。
でも、大丈夫。きちんと合格点はもらえた。嘘は、ついていない。
「じゃあ、なんで、目を逸らす?」
「逸らしてなんて、ないです――」
じりじりとにじりよって、人の顔を間近から覗き込んで来る。
自信満々の成績ではなかったから、これ以上追及するのはやめてほしい――。
そう思っているのに、知ってか知らずか、余計にじっと見つめて来る。
その目があまりに間近にあることに気付き、今度は違う理由により焦る。
近い、近い、近い――!
「ったく。文化祭でヘタな演奏して、俺に恥かかせるんじゃねーぞ! いいな。分かったか!」
「は、はいっ!」
間近で声を上げられて、肩をびくつかせる。
ほんと、この人、私には怒鳴ってばかりだ。