君の音に近づきたい
「俺が来る日は、嫌って程いたぶってやるからな。死ぬ気で練習しておけ」
それって……二宮さんが、私にレッスンをしてくれるということだよね――?
「はい。上手くなることだけ考えます! そのために、オーディション頑張ったので」
眉間に皺を寄せている二宮さんに、またもにやけた顔を見せてしまう。
上手くなることだけを考えろ。そう言ってくれたのは、二宮さんだ。
「ホント、あんたって……」
感心しているのか、はたまた、呆れているのか。二宮さんが笑みを零した。
「本当に、選ばれるんだもんな。すげーよ」
「え? だって、二宮さん、絶対に選ばれろって――」
「そうだな。そう言ったのは俺だった。あんたには、恐れ入ったよ」
何が可笑しいのか、今度は、ずっと笑っている。
笑顔の貴公子とは程遠い微笑みだけれど、それはどこか優し気なものではあった。
二宮さんの柔らかで色素の薄い前髪が、笑うたびに揺れる。
「――よろしく。桐谷」
「は、は……いっ!」
名前で呼んでくれた――。
いつも、ほとんどが”あんた”呼ばわりで。
もしくは、落ちこぼれとか、どへたとか。
名前で呼んでもらえたことが、少しは私を認めてくれたみたいで嬉しかった。
こうして、高校初めての夏休みが始まった。