君の音に近づきたい
「二宮さんは……」
「朝っぱらからクソ暑くて、何度引き返そうかと思ったか」
相変わらずの言葉遣いの悪さ。
不意に、昨晩みたテレビを思い出す。
毎週放送されているクラッシック音楽の番組に、ゲストとして二宮さんが出演していた。
『ショパンの生み出した唯一無二のメロディーを、心を込めて紡ぎたいと思います。ショパンが込めた想いが聴いている方に届きますように』
どこかの国の王子様みたいな微笑みを浮かべながら、そんなことを言ってショパンのノクターンを弾いていた。
ショパンなんか大嫌いだ――って言っていたのはどこの誰でしたっけ。
ホント、とんでもない二重人格――。
ついつい、冷たい目で見てしまいそうになる。
「俺は、暑い夏のない国に行きたい」
とかなんとか、ぶつぶつ言いながら肩から鞄を落とし、投げ捨てていた。
「もちろん、ちゃんと弾けるようにして来たんだろうな」
ピアノの前に立つ私のところへと、大股で歩いて来る。
「は、はい。出来る限りの練習はしました――」
「じゃあ、とっとと始めるぞ」
二宮さんが、私の横を通り過ぎ隣に並んだピアノの椅子に座る。
初めて間近でみる、二宮さんの手――。
鍵盤に置かれたその手を、つい見てしまう。
それは、思っていたよりもずっと、骨ばって大きな手だった。
二宮さんのもつ雰囲気から、細くて華奢な手なのではないかと勝手に想像していた。
でも、それは何をどう見ても男の人の手だった。
この高校に入学して、何故か、二宮さんと関わるようになって。
すっかり忘れていたけれど、この人は、私がずっとずっと見つめて憧れて追い求めて来た人なんだ――。
そんなことを今さら改めて実感するなんて。
ただでさえ緊張するのに、よけいに指が震えて来てしまうじゃないか――!
私のすぐ隣に、二宮奏がいる。一緒にピアノを弾く――。