君の音に近づきたい

「二宮さんは……」

「朝っぱらからクソ暑くて、何度引き返そうかと思ったか」

相変わらずの言葉遣いの悪さ。
不意に、昨晩みたテレビを思い出す。
毎週放送されているクラッシック音楽の番組に、ゲストとして二宮さんが出演していた。

『ショパンの生み出した唯一無二のメロディーを、心を込めて紡ぎたいと思います。ショパンが込めた想いが聴いている方に届きますように』

どこかの国の王子様みたいな微笑みを浮かべながら、そんなことを言ってショパンのノクターンを弾いていた。
ショパンなんか大嫌いだ――って言っていたのはどこの誰でしたっけ。

ホント、とんでもない二重人格――。

ついつい、冷たい目で見てしまいそうになる。

「俺は、暑い夏のない国に行きたい」

とかなんとか、ぶつぶつ言いながら肩から鞄を落とし、投げ捨てていた。

「もちろん、ちゃんと弾けるようにして来たんだろうな」

ピアノの前に立つ私のところへと、大股で歩いて来る。

「は、はい。出来る限りの練習はしました――」

「じゃあ、とっとと始めるぞ」

二宮さんが、私の横を通り過ぎ隣に並んだピアノの椅子に座る。

初めて間近でみる、二宮さんの手――。

鍵盤に置かれたその手を、つい見てしまう。

それは、思っていたよりもずっと、骨ばって大きな手だった。
二宮さんのもつ雰囲気から、細くて華奢な手なのではないかと勝手に想像していた。
でも、それは何をどう見ても男の人の手だった。

この高校に入学して、何故か、二宮さんと関わるようになって。

すっかり忘れていたけれど、この人は、私がずっとずっと見つめて憧れて追い求めて来た人なんだ――。

そんなことを今さら改めて実感するなんて。

ただでさえ緊張するのに、よけいに指が震えて来てしまうじゃないか――!

私のすぐ隣に、二宮奏がいる。一緒にピアノを弾く――。

< 79 / 148 >

この作品をシェア

pagetop