君の音に近づきたい

「おまたせしました……って、なんだ、うちの高校の生徒か」

「え?」

え――?
私? 私に声を掛けてる?

二宮さんが私を見ている。
二宮さんの声が私に向けられている。
突然のことで心の準備が出来ていない。

もう8年。かれこれ8年憧れて来た人がこんなにも至近距離にいて、私に声を掛けている。

まずこの状況を理解するのに数分かかる。

何を言ったらいいのかなんて、分かるはずない――。

「ああ……」

「は?」

まだ何も言っていないのに、なんだか納得したように腕を組んでいる。

「うちの新入生か……」

そ、そうです! 新入生です!

心の中ではちゃんとそう叫んでいるのに、なぜだかまったく声にならない。

「――悪いけど。俺も暇じゃないから、同じ高校の生徒にまでサインなんかしてないんだ」

ん――?
何が?

さっきまで他の女子たちに見せていた、優しい表情と何かが違う気がする。
声も、全然違う、低くて冷たい感じのする声――。

「さっきからつっ立ったままで、俺の声、聞こえてる?」

「ひっ」

その姿が三歩ほど私に近付く。等身大の姿が私の真正面に立つ。
こんなに間近に二宮さんを見たことはない。
男の子とは思えない、綺麗な白い肌。
色素の薄いさらさらの前髪。アーモンドみたいな瞳に、すっと伸びた鼻筋。本当に麗しいーー。

生で見る方が、容姿の良さがさらに鮮明になる。その、ある意味迫力のようなものに圧倒される。

「だから。サインはしない。この先も覚えておいて。間違っても校舎内ですれ違ったからって気軽に声掛けて来たりするなよ。じゃあな」

近付いたと思ったその身体は、すっと私の前から立ち去った。

サイン――?

「違いますっ!」

その言葉に我にかえる。
サインを頼もうとなんてしていない。そんなこと、考えてもいない。
やっと出た声は、思っていたよりも大きなものになっていたようだ。
二宮さんが迷惑そうに私の方を振り返った。

「何が?」

「だから、サイン、です。私、サインなんかもらおうとはしていません――」

必死に振り絞った声のせいで、最後のほうは掠れてしまった。

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