君の音に近づきたい

――とりあえずなんとか弾き終えた。

当然だけれど、二宮さんの演奏は完璧だった。
本当に上手い人と弾くと、自分まで上手く弾けた気になるみたいだ。

最高とは言えないまでも、私にしては、そこそこいい感じに弾けたのではないか――。

と思いながら、二宮さんが口を開くのを待つ。

「……ほんとさ、音合わせようとしてる?」

「も、もちろんです。二宮さんの音、しっかり聴いて弾いたつもりで――」

「ゆったり弾くところも、早い所も、どっちもずれるんだけど。それに、また、相変わらず複雑なパッセージになった途端に、突っ走る」

一週間という短い時間では、そこまでの完成度に到達できることができなかった。間違えずに止まらずに、最後まで弾く――それが精一杯だった。

「すみません。もっともっと練習します」

この一週間でダメだったのなら、次の一週間は練習量をもっと増やせばいい。
自分が出来ることはそれだけだ。

「――俺だけでまず通して弾くから。聴きながら、自分のパートを鼻歌でも歌え」

しゅんとしている私に、二宮さんがそう言い放った。

「は……はいっ!」

姿勢を正す。
二宮さんがすっと呼吸をして、弾き始めた。

伴奏部分から始まるセコンドパート。
エルガーの愛の挨拶。作曲家エルガーが恋人にプロポーズとともにプレゼントしたと言われる曲。甘美で優しいメロディーからは、エルガーの気持ちが伝わって来る。

柔らかい音色なのに一つの芯が通っているような二宮さんの音は、聴く者の心をただただ落ち着かせる――。

いい気分で、ハミングしていた。

「……いつまで目を閉じてんだ」

「あ――すみません。心地よくて、つい」

気付けば、二宮さんの演奏は終わっていた。
本当に凄いと思う。演奏が終わっても、その余韻が私の心の中に残っているんだから。無音のはずなのにそれが聴こえる。
こんなに間近で、二宮奏の音を聴けるなんて――幸せ過ぎる。

私はそう思うのに、二宮さんはまるで不満そうな顔でいた。

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