君の音に近づきたい
一人になってこの日の練習を振り返る。
二宮さんの演奏は嫌になるほど完璧で。気を抜くと、自分の演奏を忘れて聴き入ってしまう。そのオーラに圧倒されるのだ。
それだけじゃない。二宮さんのすごさは、演奏家としてだけじゃない。
私への指導も的確で、分かりやすい。
普通に考えたら、濃くて充実した一時間だった。
なのに、なんだろう。この胸のもやもやは――。
すとんと、ピアノの椅子に座り込む。
二宮さんの表情。
二宮さんの言葉。
そのどれからも、分かってしまう。多分、二宮さんは、楽しくない。
二宮さんは、どこかで自分の思いを全部押さえつけて蓋をしているんじゃないか。ないものにしているんじゃないか。
だから、二宮さんはピアノを弾く時、いつもどこか諦めたような顔をする――。
その日、何故だか、二宮さんの表情がずっと頭から離れなかった。