君の音に近づきたい
「どうして、そんなこと――」
「だって、そうだろ? こんな顔じゃなければ、大した実力もないのに注目されたりなんかしなかった。ピアノじゃなくて容姿を売り物にするようなピアニストにならずに済んだ」
「二宮さん……」
二宮さんは、自分の能力を、まるで認めていないんだ。
CDデビューできたのも、リサイタルのチケットを完売させることができるのも、全部、自分の容姿のおかげ。実力なんかじゃない。そう思っているんだ。
そして、そのことに納得していない。本当は、利用したいだなんて思っていない――。
「俺のこの容姿には、ショパンのノクターンが合っているんだと。この、女みたいな顔で甘くて感傷的な曲を弾くと、ファンが喜ぶそうだ。気付いたら、自分の意思も希望も、自由に言えないがんじがらめの環境の中にいたよ。こんな状況、別に望んだわけでもないのにな」
本当の自分の気持ちに向き合えば、耐えられなくなる。
だから、二宮さんは諦めるという選択をした。
何もかもを諦めて、何も考えずに。自分を守るために――。
「……だから、ピアノが楽しくないんですか? 昔のような音が出せないなんて言うんですか?」
鼻で笑うように冷めた声で吐き捨てた二宮さんに、私は胸が締め付けられた。
「昔……ね。あの頃は、自由だったからな。好きで好きで仕方なかったものを夢中になってやっていた。それだけで楽しくてたまらなかった」
「だったら……やりましょうよ! また、自分が楽しいと思えることを!」
この一週間、ずっと考えていたこと。
二宮さんに言いたいと思っていたことだ。
「は?」
訝し気に私を見る二宮さんに、前のめりに叫ぶ。
「確かに、聴きに来てくれる人や二宮さんのファンの人を喜ばせて楽しませるのは大切なことです。でも、それと同じくらい、二宮さんも楽しまなきゃ、聴いている人を本当に楽しませることは出来ないんじゃないですか?」
私は、もう必死だった。
私の提案をどうしても受け入れてもらいたい。
「文化祭です。二宮さんの仕事じゃない。学校行事ですよ? 好きなことしてもいいはずです。生徒も観客も一緒に楽しまないと」
「……何が言いたいんだよ」
探るような目で私を見ている。
「二宮さんも心から楽しめる曲を演奏しましょう! 一曲は、ファンの人たちが期待している曲。もう一曲は、二宮さんのイメージがどうとかそんなの関係なく弾きたい曲を弾くんです。それなら、みんなが幸せです。どうですか?」
「弾きたい曲……?」
二宮さんに否定の言葉を言わせたくなくて、私は素早く鞄から楽譜を出した。
実は、私なりに考えて持って来ていたのだ。
「私、この一週間、何かいい曲ないかなって探してみたんです。でも、これはあくまでも一例なので、他に二宮さんが弾きたいものがあればそれでも……」
「見せて見ろよ」
「はい。これ、です」
一世一代の告白みたいな気分で、その楽譜を差し出した。