君の音に近づきたい
「――ピアソラのリベルタンゴ……?」
「は、はいっ」
二宮さんは楽譜を凝視して無言になった。
その無言の時間が、まるで宣告を待つみたいでめちゃくちゃ緊張する。
「……これ、ダンスのタンゴから来ている曲で、結構激しい曲だよな? 愛の挨拶とも花のワルツとも、全然雰囲気が違う」
「その方が、楽しい気がしたんです。違うからこそ、愛の挨拶や花のワルツの優雅さが引き立つし、リベルタンゴの激しさも際立つ。聴いている人も、驚くんじゃないかって。文化祭の出し物だから、サプライズ的なものもあった方が盛り上がるんじゃないかなーなんて思ったんですが……ダメ、ですかね」
やっぱり、あまりに雰囲気違い過ぎたかな。
敢えて二宮さんの演奏と180度イメージが違うものを選んでみたけど、イメージ壊し過ぎだったかな――?
急に弱気になって来る。
「ここ数年、こんな曲、弾いたことねーよ」
でも――。
やっぱり、諦められない。
「最初はただ、曲の感じだけで選んだんです。でも、この曲について調べてみたら、絶対にこの曲がいいって思ったんです!」
ピアソラのリベルタンゴ。その曲について、作曲家について調べて知ったのだ。
ピアソラはもともとは、タンゴのためのバンドネオン(アコーディオンみたいな楽器)のトップ奏者だった。
「タンゴは、ダンスでありそのダンスのための曲で。踊るための曲だった。踊りにはステップがあります。だから、タンゴの曲を作るには縛りがあった。でも、ピアソラはその決まりの中だけで演奏したり作曲するのが嫌になったんです」
それで、ピアソラはタンゴだけではなくクラッシックも勉強をしたいと、タンゴ界を捨ててヨーロッパに渡った。でも、そこで出会った師に「きみはタンゴを捨てない方がいい」と諭される。
「ピアソラは、これまでのタンゴとは違う、自分なりのタンゴを作りたいと思った。そして、踊るためのタンゴじゃなくて聴くためのタンゴを作ったんです。でも、それがこれまでのタンゴとあまりに違い過ぎて、誰からも受け入れられなかった。聴衆から猛反発されてタンゴ界から叩かれちゃうんです。それでも、ピアソラはそんなことに屈しなかった」
ピアソラは、誰に何を言われても自分の作るものを信じたのだ。
「そんな中で生まれたのが、この『リベルタンゴ』です。”自由”という意味の『リベル』とタンゴを合わせた言葉。ピアソラが言いました。『リベルタンゴは自由への賛歌だ!』って。みんながガチガチに決めていたタンゴのイメージを壊して、それでこんなにかっこいい曲を作ったんですよ! 今では、大人気の曲です。『これまでと違う!』なんて言って猛反発していた人たちなんて、今じゃもういませんよ!」
そこまで、自分でも驚くくらいに、なりふり構わずに喋りまくった。
そのせいで、肩が上下する。