君の音に近づきたい
「――ところで、これ。そもそも、桐谷は弾けるのか?」
黙って聞いていた二宮さんが、おもむろに口を開いた。
「え……?」
「クラッシックとは違う。独特のリズム感が必要だ。テンポ早くて激しいし、ノリの良さも必要。リズム感がない奴が弾くとサイアクだぞ?」
そ、それって――。
「あんたに、弾けるのか?」
そう問いかけて来る二宮さんの目を、じっと見つめ返す。
少しは、興味を持ってくれたってことで、いいのかな――?
「頑張ります! いや、何が何でも弾いてみせます!」
「こんな、情熱的でエロい曲、おこちゃまのあんたに弾けるのか?」
その口角が上がり出す。二宮さんが、私を苛め始める時の合図だ。
「え? ど、どうして、エロ……!?」
「だって、タンゴだぞ? そんな感じだろ。分かってて選んで来たんじゃないのかよ」
そう言われてみれば、タンゴば男女が密着して踊るダンスで、かなりオトナな雰囲気の曲――。
一気に顔が熱くなる。
「――やるからには、完璧にやるぞ。この曲のカッコよさを余すところなく出してやる。ダサいタンゴなんて、聴くに堪えない」
「ってことは……いいんですか?」
私は目を見開いた。
「桐谷はこの曲がいいと思ったんだろう? 徹底的にイメージぶっ壊したいんだろ?」
「二宮さんは……?」
私は、二宮さんにも楽しんで欲しいのだ。
「桐谷の情熱的でエロい演奏を、聴いてみたいからな」
「二宮さんっ!」
アハハと笑って、二宮さんが私を見る。
「やるよ。その代り、中途半端なものにはしないからな。やるからには徹底的にやる」
「は……い!」
やった!
どうしてこんなにも嬉しいんだろう。
でも、とにかく嬉しくてたまらなかった。
私の自惚れかもしれなけれど、二宮さんの目が、初めてきらきらと輝いた気がした。
二宮さんと相談して、愛の挨拶とリベルタンゴ、その2曲を文化祭で演奏することにした。一曲目は愛の挨拶、そしてラストにリベルタンゴだ。