君の音に近づきたい

「……あっそ」

「そう、です……」

より一層その目が冷たく鋭くなって、すぐさま私から視線が移された。
そして、そのまま歩道の先へと消えてしまった。
その姿が見えなくなって、思わず大きく息を吐く。

せっかく二宮さんと言葉を交わせたのに、一体私は……。

心にある思いは溢れているのに、そのどれも言葉に出来なかった。
サインをもらおうとしていたなんていう誤解だけはされたくなかった。
それだけは絶対に嫌だった。私の死にもの狂いの努力が、全部軽いものになってしまいそうで。あんなに緊張して固まっていたのに、声を張り上げていた。

それにしても、実物の二宮さんはやっぱり少し何かが違う気がする。
二宮さんから醸し出される雰囲気に感じるこの違和感は、何なのだろう。

まあ、知り合いでもないし、大勢の人に向けられた笑顔を遠くから見ていただけの人だし。

イメージとまったく一緒だなんてことはないだろう。

でも。あんな素敵なピアノを弾く人なんだ。絶対に、根っこの部分は、素敵な人なんだと思う。あの音を聴いたら、そう思わずにはいられない。

あの音楽だけは。
二宮奏から溢れる音だけは、絶対に信じている。
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