君の音に近づきたい


本格的に練習を始めて、すぐに壁にぶち当たった。

とにかく、リズムを取るのが難しい。
リズムと音のキレがないと、迫力のないリベルタンゴになってしまう。

「――桐谷が持って来たこの楽譜、ちょっと大人し過ぎる編曲な気がするんだ。この曲は、上品に綺麗に弾く曲じゃないと思ってる」

リベルタンゴを演奏すると決まってから一週間後、いつもの練習室で二宮さんと合わせていた。

「少し、アドリブを入れたい」

鍵盤から指を離して、二宮さんが言う。

「分かりました」

「でも、そうすると、俺だけじゃない。桐谷の負担も重くなるけど、いいか?」

この状況で、すでにいっぱいいっぱいだ。アドリブを入れるということは、複雑な音符を組み込んで来るということ。音符が増える!

「その分、練習します。二宮さんの思うようにやってください」

そのためなら、何だってやってやる――!

「よし。じゃあ、ここに楽譜にはないグリッサンドを入れたい。それから、ここのメインのメロディーラインをもっと細かいリズムにして、桐谷の伴奏もそれに合わせて細かく――」

びっくりするくらい次々と二宮さんからアイデアが飛び出して来て、頭も指も追いつかない。

「……大丈夫か?」

「すみません、もう一回お願いします」

二宮さんに見本に弾いてもらう。

凄い――めちゃくちゃかっこいい!

「かっこいいです! 絶対、この方がいい」

思わず漏れた声に、ニヤリとドヤ顔になる。

「だろ?」

二人で目を見合わせて笑った。

どんな演奏が出来るのか、想像しただけでワクワクする。それと同じくらいドキドキする。二宮さんが思い描くものに少しでも近付ける演奏が出来るように、絶対に完璧にマスターしたい。

私の心の中は、そのことだけで一杯だった。

< 91 / 148 >

この作品をシェア

pagetop