君の音に近づきたい


この日は、二宮さんは午後から来ることになっていた。

お昼になって、練習室で一人お弁当を広げる。
毎日朝から学校の練習室に通う私のために、お母さんがお弁当を作ってくれている。

特徴があるおかずがあるわけでも、見栄えのいいお弁当でもない。
でも、お母さんのお弁当を食べると、なんだかホッとする。
いびつな形をしたウインナーを口にしながら、香取さんのことを思い出す。

本当に、ヴァイオリンを弾く姿も、あの目も、カッコ良かったな――。

「――よう」

「二宮さんっ!」

口の中でもぐもぐとしている最中に、突然練習室の扉が開き、ぬっと二宮さんが現れた。

「桐谷も、昼飯か」

「二宮さん、午後からだって……」

急いでウインナーを飲み込む。驚いて二宮さんを見ていると、何の躊躇いもなく私の隣にどすんと腰を下ろした。

「腹減ったから。俺もここで飯食おうと思ってさ」

そう言うと、鞄の中から何やら袋を出しサンドイッチを頬張り始める。
それを唖然として見ていると、「あんたも早く食えよ」なんて言って来る。
一緒に食事をするのなんて、初めてで。
これまでとは違う、また別の緊張が生まれる。

「――で? 今日は、何をそんなに神妙な顔してたんだよ」

「私、そんな顔してましたか?」

「ああ。眉しかめて、こーんな顔してたぞ」

二宮さんが指で自分の目を伸ばして、変な顔をする。

「そんな顔してませんよ。ただ、私のクラスメイトが、日コンを受けるって聞いて。プロになるためには、少しでも早く結果を出して注目されないてとって真剣に頑張っているんです。日コンの先には国際コンクールがある。コンクールを受けることさえ怖くて逃げている私から見たら、本当に凄いなって思ったんです」

「――俺は、あんたのそのクラスメイトが羨ましいな」

二宮さんがふっと息を吐くように呟いた。

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