君の音に近づきたい
「羨ましいって……。だって、私の友達は、二宮さんみたいにプロになりたくて頑張ってるんですよ? 二宮さんはもう、既にその立場にいるじゃないですか」
「俺が陰でなんて言われてるか知ってる? 特に、同世代のピアノやってる奴らから陰でどれだけバカにされてるか」
隣に座る二宮さんが、私の方に顔を向ける。
「俺、小6でCDデビューしてから、まったくコンクールを受けてないんだ。はっきり言って、俺の実績は、音楽界ではまったく意味のない子供のコンクール優勝どまり。本気でプロを目指す奴らが集まり始めるのは中学以降のコンクールだ。だから『あいつは、本当の評価が怖くて逃げてる』って言われてる」
「そんな――」
「いや、俺の演奏が誰もが認めるような実力があるものなら、コンクールの実績なんていらねーよ。だけど、俺は違う。”顔のおかげでプロになれた”典型だからな。周りの奴らにそう言われても仕方ない。”プロのピアニスト”じゃなくて”アイドル”だって言われるんだよ。俺を持ち上げてるのは、女性ファンだけだ。それを知ってるレコード会社が、利益のために音楽性なんて二の次で俺を利用してるだけ」
だから二宮さんは自分の顔を心底嫌っている――。
「あんたの友達とか、同世代の奴らとか。俺からみたらみんな羨ましいと思う。桐谷は、コンクールは人と争うものだから苦手だって言ってたけど――」
綺麗な目が、私の目に向けられる。
「確かに順位がつくし、勝負が関わって来るけど。コンクールに挑戦するのってそれだけじゃないと思う。ピアノ弾いてて、あんなにも自分と真剣に向き合えるものってないんじゃないか?
最終的には人との闘いじゃない。自分との闘いだ。自分自身が手に入れたいもののために、ただひたすらに真剣になる。
もちろん、コンクール受けするような弾き方をしなくちゃいけないとか、そんなくだらないこともあるけど、それ以上に得られるものがあるんじゃないかって、俺は思うんだ」
そう言った二宮さんの目は、まっさらな少年みたいに見えて。
心の奥底で、本当に求めているものなんじゃ――。
「正々堂々評価されたい。真剣に勝負したい」
「だったら――」
「まあ、今の俺にそんな自由はないけどね」
二宮さんが自嘲気味に笑う。
「コンクールなんか受けて失敗してみろ。”二宮奏”の名前に傷がつく。固定のファンはいるんだから、余計なことはするなってね。つまり、俺のCDを出しているレコード会社でさえ俺の実力なんて認めてないってこと」
その笑顔が、私の心を酷く痛くした。
知らなかった。私は何も知らずに、二宮さんを見ていたんだ。
本当はその心の中で何を思っているのか。あの笑顔の奥底にどんな表情を隠していたのか。何も知らずにいたのだと、二宮さんと接するようになってつくづく思い知る。