君の音に近づきたい
「おいっ、また遅れてるぞ」
「すみませんっ」
「リズムが適当になってる」
「分かってますっ」
「そこの付点休符が甘い! 休符もちゃんと音楽を感じろ!」
「はい……っ」
自分で提案しておいてなんだが、この曲、相当……キツイ。
二宮さんのアレンジが入って、余計に難易度上がってるし。
一時間ぶっ通しで弾き続ければ、もうくたくただ。
「――桐谷、ヘロヘロだな」
「い、いえ……大丈夫です」
絶対に、ギブアップなんかしないんだから。
「まあ、でも。先週よりかなり良くなってるぞ」
「そうですか……? ありがとうございますっ」
「ということで、もう少しテンポを上げたい」
「げ……っ」
喜んだのも束の間、二宮さんが鬼のようなことを言った。
「俺なりに研究してみた。ピアソラはこのリベルタンゴに、いろんなジャンルの音楽を融合させた。クラシック要素もあるけど、どちらかと言えば、ジャズとか、それどころかロックも取り入れてるんだ。勢いが絶対に必要だ」
「ロック! クラッシックと正反対」
「そうだ。だから、ビート感が大事だし疾走感がないと、ただの綺麗なリベルタンゴになっちまう。それじゃあ、ピアソラの思い描いたものにはならない」
私は自分の指をじっと見つめる。
「この指ですね。もっと回れば。あと、拍感も。身体に覚え込ませます!」
「――手首の位置をもう少し一定にしろ。早いフレーズほど、手首が平行移動するように」
わ……っ!
二宮さんが突然私首に触れるから、びっくりしてしまう。
でも、間近にある二宮さんの表情はいたって真面目。
一人、関係ないことでドキドキとしていることに気付かれないように、意識を指と手首に向ける。
「こんな感じ。わかったか? これで弾いてみて」
「はい」
言われた位置を維持するように弾いてみる。
「はい。さっきよりずっとスムーズに指が動きます」
「じゃあ、最後にもう一度あわせるぞ」
「はい!」
こうしていつも、二宮さんの熱心な指導であっという間に練習の時間は過ぎて行く。
そして私は、その何十倍もの時間を練習する。