君の音に近づきたい


「おいっ、また遅れてるぞ」
「すみませんっ」
「リズムが適当になってる」
「分かってますっ」
「そこの付点休符が甘い! 休符もちゃんと音楽を感じろ!」
「はい……っ」

自分で提案しておいてなんだが、この曲、相当……キツイ。
二宮さんのアレンジが入って、余計に難易度上がってるし。

一時間ぶっ通しで弾き続ければ、もうくたくただ。

「――桐谷、ヘロヘロだな」

「い、いえ……大丈夫です」

絶対に、ギブアップなんかしないんだから。

「まあ、でも。先週よりかなり良くなってるぞ」
「そうですか……? ありがとうございますっ」
「ということで、もう少しテンポを上げたい」
「げ……っ」

喜んだのも束の間、二宮さんが鬼のようなことを言った。

「俺なりに研究してみた。ピアソラはこのリベルタンゴに、いろんなジャンルの音楽を融合させた。クラシック要素もあるけど、どちらかと言えば、ジャズとか、それどころかロックも取り入れてるんだ。勢いが絶対に必要だ」

「ロック! クラッシックと正反対」

「そうだ。だから、ビート感が大事だし疾走感がないと、ただの綺麗なリベルタンゴになっちまう。それじゃあ、ピアソラの思い描いたものにはならない」

私は自分の指をじっと見つめる。

「この指ですね。もっと回れば。あと、拍感も。身体に覚え込ませます!」

「――手首の位置をもう少し一定にしろ。早いフレーズほど、手首が平行移動するように」

わ……っ!

二宮さんが突然私首に触れるから、びっくりしてしまう。
でも、間近にある二宮さんの表情はいたって真面目。
一人、関係ないことでドキドキとしていることに気付かれないように、意識を指と手首に向ける。

「こんな感じ。わかったか? これで弾いてみて」

「はい」

言われた位置を維持するように弾いてみる。

「はい。さっきよりずっとスムーズに指が動きます」

「じゃあ、最後にもう一度あわせるぞ」

「はい!」

こうしていつも、二宮さんの熱心な指導であっという間に練習の時間は過ぎて行く。

そして私は、その何十倍もの時間を練習する。
< 95 / 148 >

この作品をシェア

pagetop