君の音に近づきたい

夏休み最後の二宮さんとの合わせ練習の日、01教室に入った瞬間にあまりの驚きで後ずさった。

「に、二宮さん……?」

壁にもたれて床に座り込んでいる姿が目に入ったからだ。

「ちょ、ちょっと……?」

恐る恐る近付いて見てみる。微かに呼吸音が聞こえて来る。

もしかして、寝てる――?

そっと肩を指で押してみる。
そしたら、少しぐらりと身体が揺れてまたもとの位置に戻る。

寝てる!

座り込み頭を垂れて寝ている二宮さんの真正面に回り、様子をうかがう。

やっぱり疲れてるのかな……。

仕事と練習。
私なんて練習だけしていればいいけど、二宮さんは仕事の合間に練習しているわけで。それで、あんなに難しい曲を毎回完璧弾いてる。
いくらプロだって言っても、かなりの練習をしているに違いない。

少し休ませてあげたい――。

ピアノを弾くわけにもいかないし、どうしようかと迷って、そっと二宮さんの隣に床に腰を下ろしてみた。

ちらりと二宮さんの横顔を盗み見る。

完全に熟睡してるな――。

薄らとクマも出来ているみたいだ。高校生なのに、二宮さんの肩にはいろんなものがのしかかっているんだろう。
それって、どんな風だろう。
好きなことを好きなように出来ない。

寝ているのをいいことに、その横顔をじっと見つめた。
いつもはこんな風に見つめたりなかできない。

長いまつ毛が影を作る――。

「わ――っ!」

その時、急に二宮さんの身体が倒れかかってきた。
私の肩に、二宮さんの顔が――!

ど、どうしよう?
起こすべき?

こんな状態でいたら、私の心臓がおかしくなる――!

肩に感じる重みが、私の身体をロボットみたいに硬くする。
そんな私の気持ちも知らないで、すやすやと眠っている。
私は、ロボットになったままで固まる。
一瞬でも動いてはいけないような気がして、やけくそのようにじっとしていた。
間近に感じる吐息、二宮さんから伝わる温かさ。それのどれもが私の胸を激しく鼓動させる――。


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