君の音に近づきたい
あれ――?
私、どうしたんだっけ……。
そう言えば、二宮さんが私に倒れかかって来て――。
「あっ」
ハッとする。
もしかして、私までいつの間にか寝ていたの――?
そうしたら、もう隣には二宮さんはいなかった。その代わりにすぐそばが壁になってた。
こちら側に、二宮さんがいたはずーー。
いつのまに座っていた場所が移動したのかと考えていると、すぐにピアノの音色が部屋に溢れているのに気付いた。
二宮さんのピアノだ――。
慌てて視線をグランドピアノの方に向けたら、二宮さんがピアノを弾いていた。
それは、ショパンの甘くて感傷的なメロディーじゃない。
ベートーヴェンのピアノソナタ『熱情』だった。
二宮さんが、私の視線に気づく。
弾くのを止めて欲しくなくて、「続けてください」と声を張り上げた。
そうしたら、一瞬考えたような顔をしてから頷き、二宮さんは視線を前へと戻した。
初めて聞く、二宮さんのベートーヴェンだ。
激しく叩きつけるような音。
連打される音、一つ一つにまで気持ちが入り込んでいるみたいな、心を鷲掴みにする胸に迫る音。
きっと、二宮さんが心から向き合って弾いている曲なのだと、勝手に思う。
怒りを表すような旋律が、そのまま二宮さんの胸に秘める怒りみたいで。
素手で心を触れられたみたいになった。
「――さすがに、子守歌にするには激し過ぎたよな」
三楽章まで弾き終えて、二宮さんの声が耳に届く。
その声で、私は目を開いた。
「いえ。むしろ、聴けて良かった。二宮さんのベートーヴェンを聴けるなんて。すごく、胸に迫りました」
「何、泣いてんだよ」
「え?……あ」
手のひらで頬に触れると、生温かいものに触れた。
「知らないうちに――すみません、うまく言葉に出来ないんですけど、感動したんです」
「バカ」
二宮さんがその言葉に反して、優しい眼差しで私を見ていた。だから、私もいたたまれなくなる。