やわらかな檻
「その名で呼ばないでと、何度言えば分かってくれるのかな」
「何度仰られていても分かりません、次期当主」
其処に感情は無く、あくまでも淡々と答える彼女の姿。
一度だけ後ろを向き顔を上げてそう言ったきり、また筝を爪弾く作業に徹しようとする。
右手につけられた爪を筝へと伸ばし、徐に押していこうと。
しかし、その音は和室に流れなかった。
聞こえて来た直前の微かな呟きによって彼女は弾くのを止め、美しい黒髪を靡かせて振り返る。
「……何を」
「言ったよ。君が望むこと全て、話してあげようと」
驚きのせいか中途半端に開いた唇は赤く色付き、また零れ落ちそうなほどに大きく目を見開いている。
僕は小さく笑って、義妹の髪に手を伸ばした。
「ねぇ、何が聞きたいかい?」
【あまやかな誘い/終
美しいひとの最終、匠と小夜の間にはこんな会話がありました、と。
相変わらずオチなしですみません】