響は謙太郎を唆す 番外編 お母さんの入院

受付で部屋を聞き、手術前に取り敢えず運ばれた処置室の部屋に向かって廊下を歩いていたら、少し離れたところから、大きな声で何やら怒っている女性の声が聞こえてきた。
もしかして⋯⋯ と思ったら、やはり謙太郎のお母さんだった。

「だって、お寝巻きもないのに!嫌よ!」

その声に、小さな自信のなさそうな声が答えているが、お母さんは答えを待たずに、

「無理!無理!無理!
まず、お買い物に行ってからよ!」

と、言っていた。

扉が開いたままの処置室に、響がそっとのぞいて入ったら、看護婦さん2人とお医者さん1人、謙太郎のお母さんはこちらを見て息を飲んだ。

「あの、こんにちは」

響が挨拶したら、お母さんはむっつりと黙りこんだ。

部屋は真ん中に高さやらいろいろ調節できるベットがある。
ベットの半分が椅子の背もたれのようにゆるく立てられていて、寝そべるようなかんじになっていた。
骨折した左足は、冷やしているようで、軽くかけられた布団がふくれていた。
お母さんは戸口をむいた姿勢なのに、顔を背けた。

それでも響が入口に立っていたら、看護婦さんたちが助かったといった表情で響に話しかけてきた。

「ご家族様ですか⁈」
「あー、えっと、遠縁、と言うか、親族の遠縁?」

勘当された息子の、縁のある彼女だから、遠縁?、とか考えながら、しどろもどろに答えた。

「親戚の方ですね⁈よかった!
手術をしないといけないんですが、寝巻きもないとおっしゃっていて!」

横で黙っていたお母さんが、

「だから!急だから、何も準備がないじゃない。
お寝巻きもないのよ!」

よく見たら、ベットの上に病院の寝巻きがたたんで置いてあるが、それが嫌だと言っているようだった。

響は、今病院に来る前に、取り敢えずデパートに寄って買った袋を渡した。

「ちょうど、買ってきたんです。
間に合うようなら、どうぞ使って下さい」

中身は、デパートでも高かった、ブランド物の綺麗な藤色の寝巻き、と、柔らかい下着、高価な綺麗なタオルだった。
急だろうから困るかな、と、来る道沿いで急いで寄って、急いで買ったのだが、間に合いそう。
お母さんは、

「あらっ」

と言って袋の中を見て、ちょっと嬉しそうな顔をした。
気に入ったみたいだった。
お母さんが黙ったこの瞬間に、という感じで、看護婦さん達は急いで説明をし始めテキパキと準備を始めた。

「緊急で手術させていただきますね〜、麻酔の、ここ、サインして下さい!はいっ、入院に足りないものはこの紙にありますので、お願いします、さぁ、じゃ、院長先生にも電話で許可いただいてるので、すぐ手術しましょう!」

お母さんは、

「あっ、でも、」

とか言い出したので、

「準備ならちゃんと用意しますね」

と響が言ったら、ちらっと見て黙った。
よく見たら、額に汗をかいていて顔色も悪い。
実際困っていたのだろう。
急だし、痛いだろうし、怖いし。

何だかんだ可愛そうになって、思わず響はお母さんの手を握った。
お母さんはひどく驚いて響の顔を見た。

「頑張って下さいね!
手術終わるの待ってますから!
私で申し訳ないけど、ここにいますから!」

そのままお母さんは、手術室に運ばれた。響は急いでまた病院の近くの店に寄って、洗面用具や食器、コップ、その他要りそうなものを買い、デパートで寝巻きをさらに2着ほど買い足し、走って病院に戻った。
汗だく!間に合った!まだ手術中だった。

荷物を部屋に置いて手術室の前の椅子に座って待った。

麻酔は部分麻酔だとさっき看護婦さんが言っていた。
意識があって手術怖くないかな、大丈夫かな、とか思った。

しばらくしたら、手術が終わり、扉が開いた。

お母さんは、意識はあるけれど、麻酔のためかぼんやりしていた。
それに、疲れたみたいだった。

先生と看護婦さんからの手術の話や今後の事は響が聞いた。
おそらく1ヶ月ぐらいはこのまま入院する事になるようだった。
ここは内藤家の病院。
手厚く看護婦さんだって来てくれるだろう。
お父さんも院長先生だし。

それでも入院になると、誰かがこうやってつきそったり、準備したり、話を聞いたり、手伝ったりして欲しいものだから、謙太郎も弟さんも、ちょっと分かってないなー、と思ったりする。

先生が戻り、部屋にお母さんと2人になった。

謙太郎と別れるように言われた、あの日。
沙夜子さんをお嫁さんにしたかったお母さん。

点滴がポタポタゆっくり落ちる。
空調がちょうど良い温度の冷房で、汗はすっかりひいていた。
普通の広さの1人部屋で、大きな窓があり、建物の横の大きな木が揺れている。
お母さんは寝ているのか目をつむっている。
謙太郎もお母さんに会っていない。
3年も。
点滴を何となく眺めていたら、寝ていると思っていたお母さんが急に喋った。

「あなた、用事はないの?」
「あっ、はい。今日は謙太郎さんも塾で遅いし、晩御飯を作らなくても大丈夫なんで⋯⋯ 」

うっ、しまった⋯⋯ 。
私、話題が間違ったと思う。
まるで、一緒に暮らしてますアピールみたいな話。
ダメだな。さらに嫌な気分にさせてしまったかも。
落ち込みそうになって、黙っていたら、

「塾?」

と聞かれたので、

「はい。謙太郎さん、弁護士になろうと勉強中です。」
「弁護士に⋯⋯ 」

お母さんは呟いた。知らなかったのか、弟さんから聞いているのか、私には分からないけれど、家を出てしまった息子の様子、知りたいよね、と思って、謙太郎の近況を淡々と説明した。

謙太郎は今3年生。
ずっと法学部で1番ぐらいの成績を取っている。
さすが、賢くて頭もいいと感心しちゃう。最短で弁護士になろうと一年生の時から勉強し続けている。
努力し続ける姿がすごいと思う。
私のもらった慰謝料をそのまま渡したから、卒業までは心配なく暮らせると思う。
喋っていたら、

「もう寝るわ」

と言ったので、

「明日もきますね」

と言って帰った。

夜、謙太郎は弟さんと電話で話していた。弟さんは学校の帰りに病院に寄ったらしいが寝てたからすぐ帰った、そうだ。
大丈夫そうなので、これからもほっとく、との事。
その話で納得した2人は、電話をきり、謙太郎も私に内容を説明して、

「しょうがないよな」

と言っていた。

勘当中だから、まぁ行きにくいよね。
と言いつつ、私は押しかけちゃったけど。
また、私は謙太郎に言わずにこんな事してる。
でも、やはりほっとけないしほっときたくない。
謙太郎のただ1人のお母さんだから。
あの時は本当に悲しかったけど、でもそれ以上に私は謙太郎が好きだし、謙太郎の全てを大事にしたいと思ってしまう。
もう少し、これで良かったと思たら言うから、と心で謝った。

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