響は謙太郎を唆す 番外編 お母さんの入院

翌日。

午前中から病院に行った。
部屋をノックして中に入ったら、お母さんは実は来るだろうと思っていた、みたいな雰囲気だった。
朝から寝巻きを着替えたらしく、見たら洗濯物があったので「持って帰って洗いますねー」と言ったら、「あらっ、」とだけ言ってそのまま黙っていた。
響は洗濯物を自分の荷物に入れて、椅子に座った。

しばらく沈黙が部屋を包む。

ぽつり、とお母さんが口を開いた。

「息子が朝早くに、来てくれたの。今日も大学ですって」

弟さんの事ね、と思った。

「でも、息子ってあまり分からないみたいね」

洗濯物の事?かな?
息子に限らず、私の姉だとしても同じだろうな、と考えた。

「個人差がありますね」

とよく分からない返事をしてしまった

「⋯⋯ 最近、私、自分の出来る事って、何だろうと思うんです。私⋯⋯ 」

と話していたら、看護婦さんが入ってこられ、テキパキと処置やらお薬やら検査をして、それから、説明を響にし始めた。
完全に家族それも付き添いだと認識されていた。

実際昨日から響しかその役割は出来てない訳で、ほんのちょっと、謙太郎にかかわっている私、ただ1人の彼女だから出来る事って感じがする、と嬉しい気持ちもする。
謙太郎の家族だと思うと泣きそうになほどじわっと愛があふれる。
嫌われてても、役には立ててるかな。
いろいろ説明を几帳面に書き留めた。

内藤院長、謙太郎のお父さんの事だけど、たまたま1週間ほど海外出張で、昨日も看護婦さんが言っていたが、電話で容態を話して、まぁ命に別状があるほどでもないし、予定の変更はせず、来週帰国するらしい。

小1時間ほどの処置を終えて、看護婦さんが部屋から出て行った。

今日はまだあまり体を起こさないでくださいねー、と言われたので、横になり、悪い方の足はクッションのような専用のもので少し高くされている。
両側からアイスノンのようなもので冷やしていた。

「足がね、こんなに腫れてるのよ」

と、唐突にお母さんが言った。

「えっ?」
「ご覧になる?」

と、お布団をめくって、左足を出した。
響は椅子から立って、ベットの横からのぞいた。

左足脛あたりはギブスがしてあるが、その足全体は確かに反対の元気な足に比べて、倍ぐらい腫れているように見えた。
思わず手をだして、そっと膝の上の腿を触った。
足は熱く熱があって、コンコンに固いぐらいに腫れている感じだった。

「痛くないですか?」

と、そっとそっと撫でた。

「あまり、痛さは感じないのよ。痛み止めのせいかしらね。でも、こんなになって、本当に」
「痛くなくてよかったです。」

しばらく足を撫でて、よく冷えるようにアイスノンの位置を調節したり、掛け布団をかけたり、クッションみたいなのを動かしたりしていたら、昼食が運ばれてきた。
プラスチックのお盆。
プラスチックの容器。
食事は所謂、病院食。

見た途端、お母さんはプイっと横を向いた。

「わたくしはね、病人じゃないのよ!こんな物は食べれません!」

らしい発言に、元気じゃないか、と思った。
ちょっと笑いそうになった。
響にだけの態度ではなく、こうやって大変な目にあって入院したって、自分を曲げない、我慢はしないって。
前の響に対してのキツい発言も、特別な事ではなかったと思えて少し安心した。

響は「待ってて下さいね」と断って部屋を出て、看護婦さんの詰所に行き「お忙しいところすみません」と声をかけた。

医院長様の奥様、という事で看護婦さんがとんできた。

食事の件を伝えると、看護婦内でも迷っていたらしい。
この病院には特別室もあり、そのお客様用に近くの一流ホテルから食事をとることが出来るらしく、院長にも相談しようと思っていたそうだ。
私立の病院で、さすが、あのお母様達がかかわってる病院だな、と思った。
今日の晩御飯からはそうしてもらうようお願いした。
勝手に言ったけど、きっとお父さんが帰られてもそうするだろうと思う。

部屋にもどって説明し、お昼だけですからね、となだめた。

「もう手まで動かないわよ!」

と怒っていたので、響が食べさせた。
嫌がりながらも、完食する。
食事の最後の一口の時、お母さんはじーっと響を見たので、ばっちりと視線があってしまった。
そのまま、お母さんは食事を飲み込んで、黙っていた。
響がお盆を外に返しまた病室が沈黙につつまれた。

「で、あなた、何をなさってるの?」

急にお母さんが天井を見たまま言った。

「えっ」

とっさに、答えられなかった。

「あなた、こんな所に来て、何をなさるっていうの?」

ずきっと心がした。私なんかここに来て、って感じた。
やっぱり嫌われてる私が、だもんね。

「あたくしに恩でも売っておこうって魂胆なんですか」

でも、少し、ほんの少し、その声に弱気な気持ちがまざっているように思った。

あの時、沙夜子と一緒に私に文句を言っていた時の自信満々なお母さんは少しトーンダウンして、いま、迷っているのかもしれない。
怪我をして入院した。
3年前に長男を勘当し、次男と夫は多忙で構ってくれない、そんな心細さもあるのかもしれない。
そして私はいつだって、本当に考えている事だけを話したいんだ。

「謙太郎さんのお母さんだから。私は、謙太郎のかかわる事、すべてを大事にしたいんです」
「じゃぁ、謙太郎に恩を売りたいんじゃないの!」
「恩⋯⋯ 」

そうなのかな⋯⋯ 、と言葉を考える。そうなんだろうか⋯⋯ でも⋯⋯

「どうしたら良いか分からないだけでしょうか。謙太郎に何でもしてあげたい。ただ、彼に幸せに思って欲しい。
どうしてあげたらいいのかすら分からない。
謙太郎のかかわるすべてを、育ってきた事も、あの人の周りの事も、すべてを大事にしたい。」
「⋯⋯ 」
「でも、そうですね。
結局、謙太郎に振り向いて欲しいんですね。良く思って欲しい。打算かもしれません。自分のために⋯⋯ 」
「⋯⋯ 」
「なので、気にしないで下さい。
私の事、嫌かもしれないけど、見返りとかも入りませんし、ただ、来ているだけです」
「⋯⋯ 」

言いたい事は言ったので、響はそれから、毎日病院に通った。
洗濯物は持ち帰り洗って翌日届ける。
ごはんは、ホテルの食事になったので、大人しく食べている。
退屈だろうから、婦人用雑誌や大人の塗り絵を持っていった。
お母さんは文句は言いたい時に言うが、それはただの不満などで、響に対しての事ではなく、響自身については一切何も言わなかった。
< 3 / 6 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop