狂おしいほどに君を愛している
7.目を逸らし続けた事実は罪となり覆いかぶさる
ノルウェン視点
「‥…そうか。報告ご苦労。休んでくれ」
離宮へ調査に行かせたリーゼから齎された情報に愕然とした。
使用人が平気で妾腹とはいえ、半分は公爵家の血を引く彼女に無体を働いたことも、そして彼女が自らの体を傷つけることを厭わなかったことも。
「ノルウェン様、発言をよろしいでしょうか」
下がるように命じたはずのリーゼは留まり、少し逡巡してから発言の許可を求め来た。
「構わない」
「お嬢様は痛みに慣れているのだと思います。だからこそ、躊躇いもなく自分を傷つけられるのだと思います」
「それほどまでに長い間、暴行を受け続けてきたということか」
「はい。そしてノルウェン様たちはそれを放置して来た。知らなかったとは言え、その事実に変りはありません。お嬢様は恐らくノルウェン様の手も旦那様の手も、どなたの手もお取りにはならないでしょう」
相変わらず痛いところをついて来る。
身分や関係性に関係なく必要なことを必要な時に言ってくれるからこそ彼女を重宝しているが本当に容赦がない。
「どう、お救いになるおつもりですか?」
「リーゼ、救うという言葉は傲慢だ。こちらのエゴでしかない。私ができるのはせいぜい環境を整えてやるだけだ。今更、押しつけがましく謝罪をするつもりはない」
「それを聞いて安心いたしました。それでは下がらせていただきます」
一礼してリーゼは下がって行った。
代わりに従兄のシャノワールが入って来た。
「お前の侍女は容赦がないね」
「シャノワールか、来ていたのか」
「父上のお使いでね。みんな、オルガの心臓を気にしている」
シャノワールはどかりとソファーに座り足を組む。
燃えるような赤い髪と目が特徴の彼はシャノワール・シクラメン。シクラメン侯爵家の跡継ぎだ。
「まさか、公爵家の問題児が虐待を受けていたとはね」
しみじみと言うシャノワールは言ったどこから話を聞いていたのやら。
「公爵様には伝えたのか?」
「まだだ」
「そうか」
「‥‥‥ただの癇癪だと、取り合ったことはなかった」
懺悔に近い言葉にシャノワールは何も言わずに耳を傾けた。
「あの子なりのSOSだったんだな。気づいてやれなかった。ただただ妾腹である彼女が気に入らなかった。しかも、オルガの心臓があの子を選んだ。そのことがプライドを傷つけられ、腹立たしかった。姿を見るのも嫌で、声を聞くだけですらも嫌悪の対象だと離宮に閉じ込め、関わろうとさえしなかった」
その結果が実母や使用人からの虐待を見過ごす結果になった。
「腹は立ったけど、だからって殺せるわけがないだろう。いくら妾腹でオルガの心臓を受け継いだからって、生まれたばかりの赤ん坊だぞ」
「お前たちは基本、優しいお貴族様だからな。身分を笠に着て、無理難題を言うことはない。でも、その優しが仇となった。いっそのこと殺してやった方があの子にとっては良かっただろうよ」
まるで見てきたかのように語るシャノワールだが、反論できる余地はなかった。
リーゼと私の話を聞いてある程度の予測を立てたうえでの発言だろう。全く持ってその通りだ。十二歳の彼女に死を願われる程の絶望を自分たちは与え続けたのだ。
「知ってしまったらもう、知らなかった頃には戻れない。お前やエヴァンの立場からスカーレットの存在を受け入れるのは難しいだろう。だから無理に受け入れろとは言わないし、今回起きてしまったのは悲しい事実だ。でも、起きてしまったものはしょうがない」
帰るのだろう。シャノワールは立ち上がった。
「後悔はいつだった先に立ってはくれないし。誰も失敗せずに生きて行くことはできない。それができたらどんなに良いかと思うけど、鬼才と言われる奴にだってそんな生き方は不可能だ。だから、人には考える頭がついているだろう。このまま放置するつもりがないから、お前は動いているんだろう。ならこれから先も続いたかもしれない悲劇は止められる」
「ああ、そうだな」
「スカーレットの様子を見て帰るわ」
「ああ」
後ろ手に手を振りながらシャノワールは部屋を出て行った。部屋に一人残された俺は父に報告するための報告書を書いた。
「‥…そうか。報告ご苦労。休んでくれ」
離宮へ調査に行かせたリーゼから齎された情報に愕然とした。
使用人が平気で妾腹とはいえ、半分は公爵家の血を引く彼女に無体を働いたことも、そして彼女が自らの体を傷つけることを厭わなかったことも。
「ノルウェン様、発言をよろしいでしょうか」
下がるように命じたはずのリーゼは留まり、少し逡巡してから発言の許可を求め来た。
「構わない」
「お嬢様は痛みに慣れているのだと思います。だからこそ、躊躇いもなく自分を傷つけられるのだと思います」
「それほどまでに長い間、暴行を受け続けてきたということか」
「はい。そしてノルウェン様たちはそれを放置して来た。知らなかったとは言え、その事実に変りはありません。お嬢様は恐らくノルウェン様の手も旦那様の手も、どなたの手もお取りにはならないでしょう」
相変わらず痛いところをついて来る。
身分や関係性に関係なく必要なことを必要な時に言ってくれるからこそ彼女を重宝しているが本当に容赦がない。
「どう、お救いになるおつもりですか?」
「リーゼ、救うという言葉は傲慢だ。こちらのエゴでしかない。私ができるのはせいぜい環境を整えてやるだけだ。今更、押しつけがましく謝罪をするつもりはない」
「それを聞いて安心いたしました。それでは下がらせていただきます」
一礼してリーゼは下がって行った。
代わりに従兄のシャノワールが入って来た。
「お前の侍女は容赦がないね」
「シャノワールか、来ていたのか」
「父上のお使いでね。みんな、オルガの心臓を気にしている」
シャノワールはどかりとソファーに座り足を組む。
燃えるような赤い髪と目が特徴の彼はシャノワール・シクラメン。シクラメン侯爵家の跡継ぎだ。
「まさか、公爵家の問題児が虐待を受けていたとはね」
しみじみと言うシャノワールは言ったどこから話を聞いていたのやら。
「公爵様には伝えたのか?」
「まだだ」
「そうか」
「‥‥‥ただの癇癪だと、取り合ったことはなかった」
懺悔に近い言葉にシャノワールは何も言わずに耳を傾けた。
「あの子なりのSOSだったんだな。気づいてやれなかった。ただただ妾腹である彼女が気に入らなかった。しかも、オルガの心臓があの子を選んだ。そのことがプライドを傷つけられ、腹立たしかった。姿を見るのも嫌で、声を聞くだけですらも嫌悪の対象だと離宮に閉じ込め、関わろうとさえしなかった」
その結果が実母や使用人からの虐待を見過ごす結果になった。
「腹は立ったけど、だからって殺せるわけがないだろう。いくら妾腹でオルガの心臓を受け継いだからって、生まれたばかりの赤ん坊だぞ」
「お前たちは基本、優しいお貴族様だからな。身分を笠に着て、無理難題を言うことはない。でも、その優しが仇となった。いっそのこと殺してやった方があの子にとっては良かっただろうよ」
まるで見てきたかのように語るシャノワールだが、反論できる余地はなかった。
リーゼと私の話を聞いてある程度の予測を立てたうえでの発言だろう。全く持ってその通りだ。十二歳の彼女に死を願われる程の絶望を自分たちは与え続けたのだ。
「知ってしまったらもう、知らなかった頃には戻れない。お前やエヴァンの立場からスカーレットの存在を受け入れるのは難しいだろう。だから無理に受け入れろとは言わないし、今回起きてしまったのは悲しい事実だ。でも、起きてしまったものはしょうがない」
帰るのだろう。シャノワールは立ち上がった。
「後悔はいつだった先に立ってはくれないし。誰も失敗せずに生きて行くことはできない。それができたらどんなに良いかと思うけど、鬼才と言われる奴にだってそんな生き方は不可能だ。だから、人には考える頭がついているだろう。このまま放置するつもりがないから、お前は動いているんだろう。ならこれから先も続いたかもしれない悲劇は止められる」
「ああ、そうだな」
「スカーレットの様子を見て帰るわ」
「ああ」
後ろ手に手を振りながらシャノワールは部屋を出て行った。部屋に一人残された俺は父に報告するための報告書を書いた。