狂おしいほどに君を愛している
8.一人ぼっちの従妹
シャノワール視点
「閑散としてんなぁ」
本館と違って別館はどこか物寂しい。
従妹にあたるスカーレットとは数えるぐらいしか会ったことがない。その程度で彼女に抱いた印象は野生の小動物だ。
警戒心が強く、毛を逆立て威嚇する小動物
妾腹でありがならオルガの心臓に選ばれてしまった可哀そうな従妹
半分は平民の血が流れているがオルガの心臓に選ばれた以上、平民として扱うこともできず従兄である俺との婚約の話も出ている。
あくまで婚約候補の段階なのでどうなるかは分からない。俺の両親はあまりいい顔をしていたなかった。
理由としては彼女の半分が平民であること。もう一つは彼女の母親の素行が悪いこと。スカーレットもその母親と同じで素行が悪いという噂を耳にした。我儘で傍若無人。身分を笠に着るどうしようもない令嬢だと。
その三点が理由だ。
けれど、仮にスカーレットが我儘に振る舞っていたとしよう。それは寂しさやストレス故ではないだろうか。
そしてその噂が嘘だった場合、流したのは誰かということになるが。そんなものは推理するまでもない。
別館の邸ともう一人。
「面倒くせぇ、家だな」
スカーレットはともかくとして一番の問題はやはりあの母親だろう。
娘だけ引き取って母親を放り投げるのは世間体的にも問題の為、愛人として公爵家の別館を与えられているが、正直追い出した方が公爵家の為だと思う。
「よぉ」
ノックがなかったので「入るぞ」と声をかけて部屋のドアを開けると窓辺に腰かけたスカーレットがいた。声をかけると一度だけ視線をこちらに向けたがすぐに興味なしとばかりに視線を逸らす。
袖から僅かに見えている手首が赤くなっていった。
ノルウェンの侍女であったリーゼの報告によると侍女を脅す為に紅茶を自分の手頸にかけたとのことだった。軽く火傷はしたのだろう。
不器用な奴だ。
あの公爵を騙せるぐらいには美人の母親の血を引いたスカーレットは誰が何と言おうと美人の分類に入るのだろう。
その容姿を使えばもっと上手く立ち回れるだろうに。
俺は予め用意していた救急箱を持ってスカーレットの部屋に入る。
「軽い火傷ですんで良かったな」
救急箱を開けてスカーレットの手を取る。僅かに体を強張らせたが拒絶はされなかった。
袖を少し捲っただけでも痛々しい痣があるのが分かる。
今更、傷跡の一つ増えたぐらいで問題ないと思っての行動だったのは彼女の腕を見れば分かる。どれもまともな手当て一つされていない。
せいぜいしても止血程度だろう。
部屋にはスカーレット一人だけ。
貴族令嬢の部屋には通常侍女が複数人は待機しているものだ。敢えて一人にしてくれと言わない限りは。
スカーレットは命令したわけではないのだろう。
これが彼女の日常なのだ。
火傷用の軟膏を塗って包帯を巻く。スカーレットは俺のすることをじっと見ている。
「どういう心境の変化だ?侍女が歯向かった時、いつもならお前は怒鳴っていたんだろ。お前の様子は時折、エヴァンやノルウェンから聞いている」
「彼だけではないでしょう」
包帯を巻き終わった腕をそっと放し、俺はスカーレットを見た。
スカーレットは皮肉気な笑みを浮かべていた。
「純粋無垢な天使の皮を被った悪魔がどんな噂を吹聴しているか、立場的に公の場に出られなくてもそれぐらい知っているわ」
「スカーレット」
「ご両親に私のご機嫌取りでもして来いと言われた?妾の子と軽蔑している私の」
俺の言葉を遮るようにスカーレットは続ける。
「私に構わないで」
世界そのものを拒絶する言葉のように聞こえた。
「そう言うわけにはいかない。お前にとっては迷惑な話でもな。お前は馬鹿じゃない。だから分かるだろう。オルガの心臓がある限り、お前は本当の意味で自由には生きれない」
「‥…」
「ただこれだけは約束する。もし俺とお前の婚約が成立したら、お前を蔑ろにしたりはしない」
スカーレットはもう俺の方を見てはいなかった。俺は「また来る」と言って部屋を出た。
ドアを閉める際、「嘘つき」ととても小さな声で呟かれた言葉が耳に刺さった。
「閑散としてんなぁ」
本館と違って別館はどこか物寂しい。
従妹にあたるスカーレットとは数えるぐらいしか会ったことがない。その程度で彼女に抱いた印象は野生の小動物だ。
警戒心が強く、毛を逆立て威嚇する小動物
妾腹でありがならオルガの心臓に選ばれてしまった可哀そうな従妹
半分は平民の血が流れているがオルガの心臓に選ばれた以上、平民として扱うこともできず従兄である俺との婚約の話も出ている。
あくまで婚約候補の段階なのでどうなるかは分からない。俺の両親はあまりいい顔をしていたなかった。
理由としては彼女の半分が平民であること。もう一つは彼女の母親の素行が悪いこと。スカーレットもその母親と同じで素行が悪いという噂を耳にした。我儘で傍若無人。身分を笠に着るどうしようもない令嬢だと。
その三点が理由だ。
けれど、仮にスカーレットが我儘に振る舞っていたとしよう。それは寂しさやストレス故ではないだろうか。
そしてその噂が嘘だった場合、流したのは誰かということになるが。そんなものは推理するまでもない。
別館の邸ともう一人。
「面倒くせぇ、家だな」
スカーレットはともかくとして一番の問題はやはりあの母親だろう。
娘だけ引き取って母親を放り投げるのは世間体的にも問題の為、愛人として公爵家の別館を与えられているが、正直追い出した方が公爵家の為だと思う。
「よぉ」
ノックがなかったので「入るぞ」と声をかけて部屋のドアを開けると窓辺に腰かけたスカーレットがいた。声をかけると一度だけ視線をこちらに向けたがすぐに興味なしとばかりに視線を逸らす。
袖から僅かに見えている手首が赤くなっていった。
ノルウェンの侍女であったリーゼの報告によると侍女を脅す為に紅茶を自分の手頸にかけたとのことだった。軽く火傷はしたのだろう。
不器用な奴だ。
あの公爵を騙せるぐらいには美人の母親の血を引いたスカーレットは誰が何と言おうと美人の分類に入るのだろう。
その容姿を使えばもっと上手く立ち回れるだろうに。
俺は予め用意していた救急箱を持ってスカーレットの部屋に入る。
「軽い火傷ですんで良かったな」
救急箱を開けてスカーレットの手を取る。僅かに体を強張らせたが拒絶はされなかった。
袖を少し捲っただけでも痛々しい痣があるのが分かる。
今更、傷跡の一つ増えたぐらいで問題ないと思っての行動だったのは彼女の腕を見れば分かる。どれもまともな手当て一つされていない。
せいぜいしても止血程度だろう。
部屋にはスカーレット一人だけ。
貴族令嬢の部屋には通常侍女が複数人は待機しているものだ。敢えて一人にしてくれと言わない限りは。
スカーレットは命令したわけではないのだろう。
これが彼女の日常なのだ。
火傷用の軟膏を塗って包帯を巻く。スカーレットは俺のすることをじっと見ている。
「どういう心境の変化だ?侍女が歯向かった時、いつもならお前は怒鳴っていたんだろ。お前の様子は時折、エヴァンやノルウェンから聞いている」
「彼だけではないでしょう」
包帯を巻き終わった腕をそっと放し、俺はスカーレットを見た。
スカーレットは皮肉気な笑みを浮かべていた。
「純粋無垢な天使の皮を被った悪魔がどんな噂を吹聴しているか、立場的に公の場に出られなくてもそれぐらい知っているわ」
「スカーレット」
「ご両親に私のご機嫌取りでもして来いと言われた?妾の子と軽蔑している私の」
俺の言葉を遮るようにスカーレットは続ける。
「私に構わないで」
世界そのものを拒絶する言葉のように聞こえた。
「そう言うわけにはいかない。お前にとっては迷惑な話でもな。お前は馬鹿じゃない。だから分かるだろう。オルガの心臓がある限り、お前は本当の意味で自由には生きれない」
「‥…」
「ただこれだけは約束する。もし俺とお前の婚約が成立したら、お前を蔑ろにしたりはしない」
スカーレットはもう俺の方を見てはいなかった。俺は「また来る」と言って部屋を出た。
ドアを閉める際、「嘘つき」ととても小さな声で呟かれた言葉が耳に刺さった。