狂おしいほどに君を愛している
33.誘拐
刺激しないように慎重に断ろう。
「お誘いはとても嬉しいのですが、何やら物騒なことが起こっているようなのでお断りさせていただきますわ」
「まぁ、せっかくのエリザベート様のお誘いをお断りするなんて身の程知らずもいいところですわ」
彼女の取り巻きの令嬢が声高にそう叫ぶ。
身の程知らず?
彼女は誰に向かって言っているのかしら。
「さすがは娼婦の娘だな」
今度は取り巻きの男が私を見て鼻で笑った。馬鹿にしながら彼は私の容姿を舐めるように見る。
気持ちが悪い。
「あなた方こそ身の程を弁えるべきね。誰の血を引いていようと私は今、公爵令嬢よ」
「み、身分を笠に着るなんて最低だわ」
どうしてこういう奴らってみんな同じことを言って、同じ行動をとるのかしら。
馬鹿の一つ覚えみたいに。
頭が足りなさすぎでしょう。
「あら、先に身分を笠に着てきたのはそちらじゃなかったかしら。自分たちは貴族で私は娼婦の娘だから身の程を知れと。立場で言い分を変えるなんて、自分は信用できない人間だと周りに言いふらしているようなものよ。さて、最低なのはいったいどちらかしら?」
「っ」
取り巻き連中が悔しそうに奥歯を噛み締める。
反論なんてできないでしょうね。公爵の身分である私よりも偉い人間なんて今、この場にはいないもの。
「私のせいで気分を害したのならごめんなさいね。彼女たちも悪気があったわけではないのよ」
私、『悪気はない』って言葉嫌いなのよね。
悪気がなければ何をしても許されるの?傷つけた言葉もなかったことになると思っているその傲慢さが私は嫌いだ。
だけどここで素直な感情を彼女にぶつけるほど命知らずではない。
「‥…お気になさらず。私はこれで失礼します」
さっさとこの女の前から消えよう。
私には、私を守ってくれる護衛はいない。私を守れるのは私だけ。
大丈夫。人目のある場所を選んで行動をすればいいだけ。
私は早く彼女の視界から消えたくて教室を出た。お昼は食堂で摂ろう。
エリザベートが接触して来てから数日が経った。
彼女からの接触はあの日以降ない。
序に言うとノエルとも気まずいままだ。一言も話していない。別に喧嘩をしているわけじゃない。
でも、私はノエルを避けている。一度避けてしまうと何だか気まずくてそのまま避けている。
「スカーレット様」
◇◇◇
「っ」
ここは?
廊下を歩いていて名前を呼ばれた。振り向いた時に肌に何かちくりと針のようなものを刺されて、そのまま気を失った。
「目が覚めましたか?」
起き上がった私をうっとりとした目で見ているのはエリザベート。
彼女は全裸で血の入った浴槽に浸かっていた。
彼女にかけ湯ならぬかけ血をしているのは虚ろな目をした侍女だ。片目を怪我しているようで包帯を巻いていた。
「エリザベート・バートリ、どうやって私を」
「彼女にお願いしたの」
そう言ってエリザベートが視線を向けた先には全裸の状態で両手を縛られ、吊るされている綺麗な少女がいた。
彼女は鞭で打たれたのだろうか。皮膚が裂けていてとても痛々しかった。
彼女だけではない。
獣のように檻に入れられた少女たちもいる。
みんな体に何らかの傷がある。しくしくと泣いている人もいれば、廃人のような人もいる。
彼女たちの何人かは見覚えがあった。
巻き戻し前の人生で読んだ新聞に被害者として載っていた。みんな死体となって発見されている。
「即効性の睡眠薬を周囲に気づかれないように刺してもらって、後は『体調が悪く倒れた』と周囲に思わせて予め人払いをしていた保健室に運ばせたの」
私の考えが甘かった。まさか白昼堂々と人さらいに合うなんて。最悪だ。
「うっ、うっ。どうしてですが、エリザベート様。お慕いしていたのに、こんな、こんな非道なことを」
私を攫うのに協力した令嬢が涙を流しながらエリザベートに訴える。きっと彼女もこんなことに協力させられるとは思わなかったのだろう。
せいぜい、私をコレクションの一つにしたいと考えたエリザベートの手伝いをぐらいにしか。
当然だ。私みたいに特殊な人生を歩んでいない限り予想はできない。
「非道?おかしなことを言うのね?」
エリザベートは本気で分からないという顔をしていた。
「ぎゃあぁ」
地面に転がっていた女性の肌をナイフで切り裂いた侍女は彼女から血を搾り取り、コップに注ぐ。それをエリザベートに渡すと彼女は美味しそうにそれを飲み干した。
まるで吸血鬼のようだ。
「私は何もおかしなことはしていないわ。これは全て必要なことよ。ねぇ、私を美しいとは思わない」
エリザベートは血の浴槽から出て、令嬢の前に立つ。しとしとと体に着いた血が彼女から落ちる。
まるで殺された少女たちの怨念が纏わりつくように少女たちの血がエリザベートの体に染みついていた。
「美の女神アフロディーテのようでしょう。でもね、その美しさは永遠ではないの。年を取ればこの美貌は失われるわ」
エリザベートは悲し気な目で張りのある手を見つめる。
「あなた達程度の美しさしか持たない人には分からないでしょうけどね。それって、とても恐ろしいことなのよ」
今、エリザベートの注意は壁に吊るされた令嬢に向いている。
私の体は注入された薬がまだ完全に抜け切れていないせいで痺れているけどある程度は回復した。これなら動ける。問題は私以外の彼女たちだ。
気力を失い廃人と化した人は仕方がない。でもそれ以外の令嬢は逃がさないといけない。
「お誘いはとても嬉しいのですが、何やら物騒なことが起こっているようなのでお断りさせていただきますわ」
「まぁ、せっかくのエリザベート様のお誘いをお断りするなんて身の程知らずもいいところですわ」
彼女の取り巻きの令嬢が声高にそう叫ぶ。
身の程知らず?
彼女は誰に向かって言っているのかしら。
「さすがは娼婦の娘だな」
今度は取り巻きの男が私を見て鼻で笑った。馬鹿にしながら彼は私の容姿を舐めるように見る。
気持ちが悪い。
「あなた方こそ身の程を弁えるべきね。誰の血を引いていようと私は今、公爵令嬢よ」
「み、身分を笠に着るなんて最低だわ」
どうしてこういう奴らってみんな同じことを言って、同じ行動をとるのかしら。
馬鹿の一つ覚えみたいに。
頭が足りなさすぎでしょう。
「あら、先に身分を笠に着てきたのはそちらじゃなかったかしら。自分たちは貴族で私は娼婦の娘だから身の程を知れと。立場で言い分を変えるなんて、自分は信用できない人間だと周りに言いふらしているようなものよ。さて、最低なのはいったいどちらかしら?」
「っ」
取り巻き連中が悔しそうに奥歯を噛み締める。
反論なんてできないでしょうね。公爵の身分である私よりも偉い人間なんて今、この場にはいないもの。
「私のせいで気分を害したのならごめんなさいね。彼女たちも悪気があったわけではないのよ」
私、『悪気はない』って言葉嫌いなのよね。
悪気がなければ何をしても許されるの?傷つけた言葉もなかったことになると思っているその傲慢さが私は嫌いだ。
だけどここで素直な感情を彼女にぶつけるほど命知らずではない。
「‥…お気になさらず。私はこれで失礼します」
さっさとこの女の前から消えよう。
私には、私を守ってくれる護衛はいない。私を守れるのは私だけ。
大丈夫。人目のある場所を選んで行動をすればいいだけ。
私は早く彼女の視界から消えたくて教室を出た。お昼は食堂で摂ろう。
エリザベートが接触して来てから数日が経った。
彼女からの接触はあの日以降ない。
序に言うとノエルとも気まずいままだ。一言も話していない。別に喧嘩をしているわけじゃない。
でも、私はノエルを避けている。一度避けてしまうと何だか気まずくてそのまま避けている。
「スカーレット様」
◇◇◇
「っ」
ここは?
廊下を歩いていて名前を呼ばれた。振り向いた時に肌に何かちくりと針のようなものを刺されて、そのまま気を失った。
「目が覚めましたか?」
起き上がった私をうっとりとした目で見ているのはエリザベート。
彼女は全裸で血の入った浴槽に浸かっていた。
彼女にかけ湯ならぬかけ血をしているのは虚ろな目をした侍女だ。片目を怪我しているようで包帯を巻いていた。
「エリザベート・バートリ、どうやって私を」
「彼女にお願いしたの」
そう言ってエリザベートが視線を向けた先には全裸の状態で両手を縛られ、吊るされている綺麗な少女がいた。
彼女は鞭で打たれたのだろうか。皮膚が裂けていてとても痛々しかった。
彼女だけではない。
獣のように檻に入れられた少女たちもいる。
みんな体に何らかの傷がある。しくしくと泣いている人もいれば、廃人のような人もいる。
彼女たちの何人かは見覚えがあった。
巻き戻し前の人生で読んだ新聞に被害者として載っていた。みんな死体となって発見されている。
「即効性の睡眠薬を周囲に気づかれないように刺してもらって、後は『体調が悪く倒れた』と周囲に思わせて予め人払いをしていた保健室に運ばせたの」
私の考えが甘かった。まさか白昼堂々と人さらいに合うなんて。最悪だ。
「うっ、うっ。どうしてですが、エリザベート様。お慕いしていたのに、こんな、こんな非道なことを」
私を攫うのに協力した令嬢が涙を流しながらエリザベートに訴える。きっと彼女もこんなことに協力させられるとは思わなかったのだろう。
せいぜい、私をコレクションの一つにしたいと考えたエリザベートの手伝いをぐらいにしか。
当然だ。私みたいに特殊な人生を歩んでいない限り予想はできない。
「非道?おかしなことを言うのね?」
エリザベートは本気で分からないという顔をしていた。
「ぎゃあぁ」
地面に転がっていた女性の肌をナイフで切り裂いた侍女は彼女から血を搾り取り、コップに注ぐ。それをエリザベートに渡すと彼女は美味しそうにそれを飲み干した。
まるで吸血鬼のようだ。
「私は何もおかしなことはしていないわ。これは全て必要なことよ。ねぇ、私を美しいとは思わない」
エリザベートは血の浴槽から出て、令嬢の前に立つ。しとしとと体に着いた血が彼女から落ちる。
まるで殺された少女たちの怨念が纏わりつくように少女たちの血がエリザベートの体に染みついていた。
「美の女神アフロディーテのようでしょう。でもね、その美しさは永遠ではないの。年を取ればこの美貌は失われるわ」
エリザベートは悲し気な目で張りのある手を見つめる。
「あなた達程度の美しさしか持たない人には分からないでしょうけどね。それって、とても恐ろしいことなのよ」
今、エリザベートの注意は壁に吊るされた令嬢に向いている。
私の体は注入された薬がまだ完全に抜け切れていないせいで痺れているけどある程度は回復した。これなら動ける。問題は私以外の彼女たちだ。
気力を失い廃人と化した人は仕方がない。でもそれ以外の令嬢は逃がさないといけない。