狂おしいほどに君を愛している

52.染まっていく魂

「ねぇ、聞いた？」
「ええ。恐ろしいわよね」
「さまか、ねぇ。最初に聞いた時は耳を疑いました」
「騙されたよな。優しい方だとばかり思っていたのに」
「とんだ女狐だぜ」
何？何が起こっているの？
全然、分からない。
渋るノエルに「絶対にノエルの傍に居る。離れない」という条件で私は学校に来ていた。そこでおかしな光景を目にしていた。
慈悲深いリーズナ。貴族令嬢の模範。
私が経験した今世を合わせて五回の人生。その中でリーズナは常にみんなの憧れで、人気者だった。
その彼女が侮蔑と奇異の目を向けられている。
あのずる賢い女狐の化けの皮が剝がれるというのは考えにくい事態だ。
「ノエル、この状況がどういうことか分かる？リーズナに一体何が起こったのかしら？」
「さぁ」
ノエルはリーズナや周囲に目を向けることさえしない。
私の髪を指に巻き付けて遊んでいる。
ノエルはここが他国であるとは思えないほど様々な情報に精通している。そのノエルがリーズナの身に何が起こったのか知らないのは考えにくかった。
「ノエル、本当に知らないの？」
じと目で見るとノエルは心外だという顔をした。
「俺、あんな女に興味ないもん。知るわけないでしょう」
「でも、ノエルはいろんな情報を持っているじゃない。情報網がどこかにあるんでしょう」
つまりはスパイになるのだが、ノエルはあっさりと肯定した。聞いた私が言うのもなんだけどそこは嘘でも否定しておこくべきところではないだろうか。
「でも俺が優先的に集めているのはスカーレットに関係する情報だから」
にっこりと笑いながら言われてしまった。
ここは「そこまで愛してくれているのね」と喜ぶべきところなのか。
「プライバシーの侵害だ」と怒るべきなのか。
「ストーカー」だと恐れるべきなのか。
反応に困る。
「それにあの女はそこまで頭が良くないから遂に化けの皮が剥がれたんでしょう。今回と今までじゃあ決定的に違うものがあるし」
それは私の記憶があるということだろう。
私が違う動きをしたらから周囲に影響を与え、今までと全く違う。
リーズナの本性がみんなにバレたのはそのせいだということだろうか。それにしたって急すぎないか？
「秘密はいつかはバレるものだ」
そう冷たく吐き捨てたノエルの目には確かな憎悪が宿っていた。
四度もの人生でリーズナは私の生死に深く関わってきている。私を深く開いてくれている彼がリーズナを恨むのは当然のことだろう。彼にも私と同じように記憶があるみたいだし。
「神経疑うよな。公衆の面前で平民を蹴りつけて笑ってたんだってよ。しかも幼い子供を。とんだ悪女だぜ」
「ああんな女を一時でも惚れていた自分が恥ずかしいよ。過去に戻って自分を殴りたくなる。『目を覚ませって』な」
「リーズナ様とは親しくしていたけれど今後はお付き合いを考えないといけませんね」
「ええ。私たちまで同類だと思われたくありませんも」
教室内の空気はリーズナに対する嫌悪で満ちていた。それに反応するかのようにリーズナが纏う空気がどす黒くなっていく。
机の上に乗せている手は強く握りしめられ、プルプル震えている。
歯を噛み締めた顔はまるで鬼の形相だ。
彼女は本当にリーズナなのだろうか。
今までのリーズナなら「何かの間違えだ」と涙ながらに訴えていただろう。自分の容姿が万人受けすると知っている彼女はそれさえも最大限に使って。
それが今では見る影もない。
リーズナやその周囲に気をとられていた私はリーズナを見て笑うノエルに気づかなかった。