囚われのおやゆび姫は異世界王子と婚約をしました。
「じゃあ、穂純さんはもしかして……」
「君に近づいたから、こちらに飛ばした。もちろん、悪さをするような存在ではなかったらそんな事はしなかったけど、あの男はあの世界でも十分悪かったからね。君が、そんな男を好きになるとは思わなかったけれど」
「う………、ごめんなさい」
「仕方がないよ。記憶がないんだからね」
「って、ラファエル怒ってるでしょ?」
「……怒ってる。俺はずっと寂しく君を思っていたのに、カーネリアは違う男を好きになっていたなんて。俺のお姫様になってくれるって言ってたのに……」
そう言いながら、ラファエルは朱栞を抱きしめそのままベットに押し倒してしまった。
彼の口調は冗談を言っているようなのに、表情は真剣そのものだ。
本当に怒っているのだろう。
先程まで朱栞が怒っていたはずなのに、いつの間にか立場が逆転してしまっていた。
けれど、今はそんな事はどうでもよくなっていた。
ラファエルに見つめられ、彼の体温を感じながら、カーネリアと呼ばれた瞬間に、胸の奥底が熱くなっていくのを感じた。
そうだ。ずっと、その名前で呼ばれたかった。大好きな彼にその名前で呼んで抱きしめてもらいたかった。最後に交わしたキスの続きをしてほしかったのだ。
「あっちの世界の名前は、僕が決めたんだよ。朱栞。いい名前だろう?」
「朱い栞(あかいしおり)。もしかして、あの羽の?」
「そう。あの羽を受け取ったカーネリアは、「栞にして毎日みる」と言ってくれたからね。シュリもいい名前だけど。やはり、君はカーネリアの方がしっくりくる。君がこの世界に戻って来た時から、ずっとその名前で呼びたかったんだ」
「もっと、たくさん呼んで。私もラファエルの声で、そう呼ばれるのが好き」
「カーネリア、カーネリア。君に会いたかった。やっと本当の君に会えた気がする。ずっとこうやって抱きしめて、名前を呼んで、キスをしたかったよ…」
「私も…」
ラファエルと朱栞は、長い間見つめ合い、お互いの頬に触れながら、ゆっくりと唇を合わせた。ゆっくりだったキスは次第に深くなり、静かな部屋に水音と2人の吐息を混じり合う。
そして、10年も会えなかった日々を埋めるように、お互いの名前を呼び合って、何度も何度もキスをする。
もう誰も、記憶も、時空も、邪魔するモノはいない。
2人の物語は、またゆっくりと進み、ハッピーエンドを迎え、またそこから進もうとしていた。