囚われのおやゆび姫は異世界王子と婚約をしました。
「伯爵の息子さん!?」
思わず声をあげてしまった朱栞だが、それは無理もない事だった。セリネーノ伯爵家は由緒ある家で、歴史も古い。そして、出資している企業も多く、資産も莫大だと耳にしたことがある。屋敷の写真を見せていただいた事もあるが、どこかの古城のように大きなお屋敷で、朱栞は言葉を失ったのを覚えている。
そんな伯爵家の息子を、一般人である朱栞は夫妻自ら紹介してくるとは思っても見なかった。
朱栞は慌てて首を振り、顔を白くして返事をした。あまりにもおそれ多い申し出に、冗談だとしても、本気で断るしかなかった。
「わ、私のような一般人が伯爵家のお嫁になんて!ご冗談がすぎます」
「あら、冗談ではないわ。なら、今から電話してみる?……って、今は繋がらないわね。少しばかり難しい条件もあるけれど、とてもいい子なのよ。それはわかっていて欲しいわ」
「………そんな私なんて……」
それからすぐに、伯爵夫妻は他の客に呼ばれ、席をはずした。それに、つい安堵してしまい、朱栞は小さく息をついた。
自分が伯爵家に嫁ぐなどありえない。想像さえ出来ない。
それに、朱栞には好きな人がいるのだ。
高校からの片想いの相手。そして、何度かフラれているのに、それでも諦められない相手だ。
そして、今、この世界にはいない人。
「先輩は………今何をしてますか?」
朱栞が座っていたすぐ隣には大きなガラス窓が見え、そこからは小さな庭が見える。ガーデニングをしているのか、綺麗に整えられているが、今は冬でしかも夜だ。真っ暗闇の中には花はほとんど見られず、その代わりにイルミネーションで光で華やかに彩られている。
そんなクリスマスの夜。ちらちらと空からは雪が降り落ちてくる。なかなか見られない景色に、何故だか今ならば彼に言葉が届くような気がして小さな声が出た。
酔っているのもあるが、先輩と仕事をした際に出会ったのが、セリネーノ伯爵だったのでつい彼を思い出してしまっただろうと思った。
先輩は、数年前に突然いなくなった。
仕事も私生活でも上手くいっていたようで、失踪は考えられず、事件に巻き込まれたわけでとないとわかり、異世界への転移と決められた。一緒に仕事をしていた人が突然目の前からいなくなったのを見ていたので、すぐに確定されたのだ。
彼がこの世界に戻ってくるかはわからない。
だからこそ、祈るしかないのだ。
彼が幸せに暮らしていられる事を。