囚われのおやゆび姫は異世界王子と婚約をしました。
元の世界では、自分の学びたいことをとことん追求し、仕事に追われるのではなく自分で飛び込んでいくタイプだった。
そんな朱栞が城で大人しく過ごしていけるはずがない。戸惑うことも、不安なことも多い。だが、知らない世界の未知の言語。それを学ぶ事にワクワクしないはずがなかった。他の人々と会話をするため、生きていくため、そして想い人を探すために言葉は必須だろう。だから、すぐに覚えた。それもあるが、自分の趣味でもあるはずだ。
習得したばかりの言葉で、何かをしてみたいたと思う。それに、異世界に転移された理由があるのならば、この世界で生きていくならばそれを果たしたいとも思う。伯爵婦人が朱栞を選び否応なく連れてこられた事は、確かに酷かったかもしれない。けれど、だからと言って何もしないのは違う気がしていたのだ。
自分でもどれが正解かわからない。
揺れる瞳のまま、ラファエルを見つめる。
自分の迷いもきっと彼は分かってしまうだろう。それぐらいまっすぐな視線で朱栞を見据える彼の瞳は、怖いなど思わせない澄んだ色で朱栞を安心させる。
どうして、ラファエルの視線は、言葉は、笑顔は、自分を安心させるのだろうか。
「わかったよ。シュリの好きなようにやるといい。この国で君に何が出来るのか。君がやりたいと思う事は何なのか。ゆっくり探していこう。もちろん、一緒に」
「………はい」
ラファエルは椅子から立ち上がり朱栞に近づきながらそう言うと、優しく頭を撫でてくれる。妖精の時とは違う手のひら全体で包まれるような撫で方に、朱栞は思わず胸が鳴った。
どこから見ても仲睦まじい婚約者に見えるだろう2人のそんな様子をメイナは微笑ましく見つめた後、食事はもう少し後にするように伝えるために厨房へと向かったのだった。