囚われのおやゆび姫は異世界王子と婚約をしました。
21話「妖精、考える」
21話「妖精、考える」
☆☆☆
この日、朱栞は休みの日だった。
自分の勉強や魔法の練習などに休みなどないが、今日は特別だ。それも、日中にメイナは仕事が忙しく、ラファエルも遠方に出かける用事があり、城は静かだった。
ラファエルがいない時や練習がないときは、始めに与えられた部屋で過ごすことが多かった。そして、この日も朱栞は自室で過ごしていた。
シャレブレの歴史を学ぼうと書庫室から本を借りてきたが、どうも今日は集中出来ない。そのため、朱栞は勉強を諦めて、元の世界の物語を書き上げていく事にした。始めは自分の精人語の勉強のため、メイナのために行った事だった。けれど、今ではすっかり自分のためになっている。
記憶というのは曖昧だ。ずっと覚えていると思っていた事でも少しずつ忘れていく。それが人間で、忘れる事で人間の負荷を減らすためらしいが、それでも覚えていたい事まで忘れてしまうなんて悲しい事だ。
そして、朱栞にとっては元の世界の物語がそれにあたる。今は鮮明に覚えているが、少しずつ忘れてしまうのかもしれない。朱栞はそれが怖くなり、時間を見つけては執筆をしていたのだ。
童話など有名なものや、子どものころに繰り返し読んでいたものは何故か忘れない。けれど、大人になってから自分で読み始めた神話や星座の話、そして絵本や小説は忘れてしまう事が多い。それが、元の世界に居た時も同じだ。まだ新しい記憶から忘れてしまうなんて、不思議な事だな、と朱栞は思う。やはり、幼い頃には生活する上で大切な事を学び、それは繰り返し行われるので記憶があるのだろう。小さい頃に読んでいた絵本は内容までしっかり覚えているものが多いのだ。
そんな事を考えていると、自分の手が止まっている事に気付いた
「だめだ。今日はどうして集中出来ないんだろう」
そう一人呟いて、メイナが朝に入れてくれたお茶をカップに注いで、一口含む。
すっかり冷めてしまっているが、それでもとても美味しい。
朱栞は窓の外の城下町を見つめて小さく息を吐いた。