光の差す暗闇で私は音を奏でたい
私はいつも通り、普通にピアノを弾いていたはず。でも、どうして……?
考えていると、今までの夏向の言動からして、その理由が一つだけ頭の中によぎった。まさか……
「夏向って、ピアノやっていた事があるの?」
今まで、夏向の前で私が弾いた曲は全部知っていた。それはてっきり、有名な曲だからだと思っていた。
……でも、一度だけ音楽用語を話していた。私がノクターンを弾いていた時だ。
それは、音楽をやっている人ではないと分からないはず。どうして今まで気づかなかったんだろう……。
「……そうだ。俺は二年前まで、海外でピアノをやっていた。日本では、俺の事あまり知られていないと思うけど」
「海外でピアノをやってたの?」
だとしたら、私なんかよりもっと上手かったりするのだろうか。海外でわざわざピアノを弾いていたなんて……大概の人は本気でピアニストになりたいと思っている人が多いはず。
「でも、俺はもう辞めたんだ。これから先、何があっても俺が舞台の上に立って、ピアノを弾くことは二度とない」
私の考えていることを否定するように、夏向は冷たく言った。その声のトーンから、嘘ではなく本気で言っているのだと伝わってきた。
目にもいつもの光が宿っていない。私はそんな夏向を初めて見た。
「……何か、深い理由があるみたいだね」
「あぁ。ずっと隠して過ごそうと思っていたが……少し気が変わった。ちょっとだけ、俺の昔話をしてもいいか?」
「うん、もちろん」
そう答えると、私の方を見て少し悲しそうに微笑んだ。そして、夏向は視線を前に戻し、ゆっくりと話し始めた。
「親の名前は出したくないが……俺の両親もそこそこ有名な日本人の音楽家だ。だから俺も、幸音と同じように小さい頃からピアノを弾かされていたんだ」
夏向の両親も音楽家なんだ……。