光の差す暗闇で私は音を奏でたい
「俺の場合、両親が海外に住んでいた時に産まれたから、育ちは海外だけど……。だから別に俺は、外国人でもないし、留学していた訳でもない」
「そうだったんだ」
確かに、音楽家の家庭ではよくありそうな事だ。私の場合は違ったけれど……。
「それである日、日本に戻る機会があったんだ。その時に、ピアノのコンサートで幸音のピアノを聞いた」
……何年前だっただろうか。今となってはもう、いつコンサートに出たのか思い出せない。
確か、お母様の出るコンサートに呼ばれて私もエキストラとして出演したということは覚えている。
けれど、その頃の私はまだ幼かったはず。
「俺はその頃、正直ピアノが好きじゃなかった。普通の家庭に産まれたかったと思う程に……。だから最初は、ピアノのコンサートを聞いていた時、つまらなかったんだ。所詮、ピアノはピアノで全部同じ音じゃないかって……」
夏向は少し間を置いて、また話し始めた。
「あのコンサートは、有名なピアニストばかりが出演していて、大人ばかりだった。すごいピアノを弾いていたんだろうけど、当時の俺はまだそういうのは分からなかったんだ」
でも……と夏向は言う。
「そんな時、幸音の番が来た。唯一そのコンサートで、俺と同い年位の子だって目に付いた。だけど……そう思っただけで、この子も普通のピアノの音を奏でると思っていた。けど、俺の予想は外れた。幸音だけは、違ったんだ」
そう言う夏向の声のトーンは、少し明るくなっていて、思わずドキッとしてしまった。
「それまで、何とも思わなかった俺は幸音の音を聞いて、衝撃を受けたんだ。幸音の音は、あの会場でたった一人だけ光っていた。幸音が鍵盤に手を触れた瞬間に、会場に色がついたんだ」
……そう言っている夏向の目は輝いていた。そんな彼の姿を見ただけなのに、自分の心に光が灯った気がした。