光の差す暗闇で私は音を奏でたい
「幸音があの時弾いた”トロイメライ”。俺は今でも覚えている。今までその事を忘れた事なんて一度もない。それくらい、幸音の演奏は俺の心に響いたものだったんだ」
そう言って、夏向は上を見上げる。
「だから俺は、その時心に決めたんだ。幸音の隣に立てるくらいの、ピアニストになってみせるって」
”トロイメライ”
その曲名を聞いただけで、すごく懐かしさが蘇ってきた。
トロイメライは、私が幼い頃一番好きだった曲だ。あの明るい曲調が私の指を踊らせてくれた。弾くだけで、明るい気持ちになれた。……私にとって、とても思い入れのある曲。
あの頃は、本当にただひたすらにピアノを弾くのが大好きだった。
「でも、俺にはそんな才能はなかった。海外の有名なピアノコンクールに出た時なんて惨々だった。その会場にいた多くの人達の中で、俺だけが素人だった。弾いているのは皆年が近い人達ばかりなはずなのに」
「それはきっと、周りのレベルが高すぎただけだと思う。私だって、そういう経験した事あるから……」
「……そうだな。今思えばそうだと思う。日本だったら、一回くらい成績を残せたかもしれない。けど、両親から言われたんだ。”お前にはピアノを弾く才能がない”って」
その言葉を聞いて、思わず夏向の方を見てしまった。……そういう事は、親が一番子供に言ってはいけない言葉。それが音楽家の両親なら尚更だ。
「私は、才能があるとかないとかって関係ないと思う。確かに、音楽家の両親に言われたのは結構心にきたのだと思う。でも……」
「いや、違うんだ幸音。確かに俺は両親から言われて、結構答えたよ。でも、正直それはどうでもよかったんだ。それを言われたからと言って、ピアノを辞めようとは思わなかった」
「じゃあ、どうして……」
小林君は、少し困ったように笑った。