光の差す暗闇で私は音を奏でたい
「……まだ、それは言えない。俺が言わなくても、きっと幸音はいずれ嫌でも俺の事を知ることになるだろう。俺にはまだ、未練が残ってる。だから、その未練を叶えるまで……待っててくれないか?」
その未練が何なのか、知らないけれど……でもそれはきっと夏向にとって大事なことなのだろう。
だから今は、私がそこに踏み込んではいけない。
「……分かった。その時まで、ちゃんと待ってる」
「ありがとな」
夏向の目は、今何を捉えているのだろうか。彼が見ている目線の先には……私みたいな悲しい過去が写っているのかな。
でも、少しでも夏向の過去を知る事が出来て良かったと思った。
「こんなところでずっと立ち止まっているのも、あれだし……そろそろ公園まで歩こうか」
気づけば、校門の前に立ち尽くしていた私達の周りには誰も通っていなかった。
……そんなに時間が経っていたんだ。
前までは、時間の進みはものすごく遅く感じていたはずなのに、今ではものすごく速く感じる。……それは、きっと夏向のおかげだ。
「うん、そうだね」
私達は、歩みを止めていた足を再び動かす。
「夏向、ありがとう」
「……急にどうしたんだよ」
「夏向と出会わなかったら、今頃私はお母様に言われても、コンクールに出ることを嫌がっていたと思う。けれど、夏向のおかげでもう一度だけ誰かの言葉を信じてみようと思ったの」
「……そうか」
「うん。だから、今回のコンクールはちゃんと頑張るよ。一位にこだわっているお母様を恐れて、いつの間にか自分の思い通りに弾く事が出来なくなっていた」
私は一度、視線を落としてからまた上を向いた。
「でも、そうだからこそ私の思いを、今までの気持ちを全部ピアノに乗せてみせるよ」
夏向は、そう言う私の表情を見て目を見開いた。