光の差す暗闇で私は音を奏でたい
夏向が言った事に、誰かがそう言う。皆の視線の先から歩いてきたのは輝星君だった。
”あれってヴァイオリニストの……”
静かになっていたロビーが、次は輝星君の話題でザワザワし始める。
それに負けないくらいの声で、輝星君は話し始めた。
「俺達みたいな音楽家にとって、如月は女神様のようなものだから。ここにいる皆はちゃんと覚えてよね」
そう言って、彼はパチッとウインクをする。輝星君の仕草にロビーにいた女子達が感嘆の声を上げた。
……こんな時、輝星君のこの行動が、私の励ましになるなんて、思ってなかったな……。本当、人たらしが上手。
二人が色々言ってくれたおかげで、何かもう悲しい事なんてどうでも良くなった。
「……皆さん、お二人がお騒がせしてしまって申し訳ありません」
私が頭を下げてそう言うと、二人はすごく驚いた顔をした。その二人の表情に少し笑ってしまいそうになる。
「私に批難の声が上がっている事は前から承知しております。でも……」
私は両手をギュッと握り締め、前を向く。
「今の私は、前とは違います。私は、強い覚悟を持ってまたここに立つことを決めました。それでも、私を嫌いな方は多くいることでしょう」
私は一息ついて、また話し始める。
「そう思わせている原因は、私の責任です。私は断じて、皆様方が悪いとは思いません。ですが、もし今日私の演奏を聞いて、少しでも心に響いたなら……その時は私の事少しでも見て頂けたら嬉しいです」
私はそう言い残して、奥の方へと歩いていく。隣にいた夏向と輝星君も、私につられて歩き出す。
……ロビーにいた人達の心にどれくらい届いたのかは分からない。
だけど、その中でたった一人でも何か思ってくれたなら、それは私の本望だ。
下を向いて歩いていると、私の目の前で誰かが止まった。顔を上げると、そこには懐かしい人が立っていた。
「……最近、コンクールに出てないと思ったら、男連れて遊んでたのか、幸音」
「……葵」
彼は、意地悪そうにふっと笑う。
その時、私の歯車がまた、少し遅くなったような気がした。