光の差す暗闇で私は音を奏でたい
「……分かってる。でも、私だって葵には負けない。」
……葵は、私の婚約者でもあるけれど、唯一対等に争う事ができるライバルだ。そんな葵には、絶対に負けたくない。
私の顔を見て、葵はふっと笑い、壁から手を離す。
「良い表情だ。その気で、俺にすごいピアノ、聞かせてくれよ」
「……葵もね」
「任せろよ。幸音に俺の最高のピアノ、聞かせてやるよ」
じゃあまたな、と背を向けて手を振りながら、葵は先に行ってしまった。
すると、何故か少しだけ寂しくなってしまった。
葵がもう行ったからって、寂しい訳ないじゃない。
私はそう自分に心の中で言い聞かせながら顔を横に振る。
私は平常心に戻る。
……今日、私が一位を取るためにはまず葵を倒さなければいけない。
葵は、本当にすごいピアニストだ。いつも葵は、私の一歩先を行く。
私より一つ年上で、楽譜を正確に覚え、それを誰よりも正確にピアノで奏でる。
葵のピアノを色で表すと、まさに漆黒だ。私と正反対の演奏を好む孤高のピアニスト。
一度たりともミスをせず、決して自己主張が激しい演奏ではない。
でも、聞いたものの心を必ず掴んで離さない。
そんな惹き込まれる演奏をする、舞台の独裁者。
その演奏より、上を行かなければいけない。
私はその緊張から、少し冷や汗が出る。
「……ぎ、如月!」
輝星君の声に、ハッと我に返る。
「大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫だよ……ちょっと、考え事をしていただけだから」
緊張すると、いつも周りが見えなくなる。