恋とカクテル
#9 ブルームーン
 通い慣れたいつものバーで飲んでいると、私を見つけた途端耳と尻尾が見えるんじゃないかと思うほど、歓喜の表情を見せた男性が近づいてくる。

 それで、挨拶もそこそこ、こう切り出す。

「祥子さん、いつになったら俺と付き合ってくれるんですか?」

 最近、彼は会うたびに口癖のように交際を申し込んでくる。

「何度も言っているけど、恋人になりたいなら諦めて。友人としてなら大歓迎」

 私も決まって同じセリフを返す。
 友人では不満足だからこうして何度も告白しているのに。彼は小声で文句を言うけれど、それ以上食い下がることもなく一呼吸入れると、最近友達に誘われて行ったという水族館の話題に切り替えた。

 若いのだから、八歳も年上の私にいつまでも構っていないで、同じ年頃の女性と恋をすれば良いのに。きっと今「見てくださいよこのペンギン、かわいいでしょ?」と私に写真を見せてくれている水族館だって、女の子から誘われて行ったに違いないのだから。

 私は一杯目のビールを早々に飲み干して、「マスターおかわりください!」なんで元気にグラスを差し出す彼に目をやった。

 髪型や服装にきちんと気を遣っていて、明るくポジティブ、引き際を見極める力ももっているし、時折聞く仕事に対する姿勢は真面目で、それでいて野心がある。

 そんな爽やか好青年が、この半年何度断ってもめげずに自分に恋心をぶつけてくるのは、正直に嬉しいし、可愛らしいと思う。

 別に彼に興味がないとか、好みじゃないとかそういうのはない。歳が下過ぎるとは思うけれど、それを差し引いても魅力的な男性だと思っているら、これは単純に、私に恋愛をする気がないだけだ。

 遊びの相手なら問題ないのに、真剣だなんて言うから迂闊に手も出せない。

「祥子さん、ぼーっとして、何考えてるんです?」
 頬杖をついて、少し拗ねたように彼が言う。しまった少し放っておきすぎたか。

「鹿島くんがどうやったら諦めてくれるか、かしら」
「えー、ひどいなあ。まあ確かにしつこくしてる自覚はありますけど、諦めませんよ?」
「諦めないのかあ」

 言いながら、私は口角が上がってしまうのを抑える。彼がいつまでこちらを見ているかはわからないけれど、諦めないでいてくれるのが心地いいなんて、我ながら悪い大人だと思う。

「祥子さんは、どれくらい待てば恋愛する気になってくれるんですか?」
「そうねえ、あと十年くらいしたら?」
「十年かあ」

 若い彼にとっては、途方もない時間だろう。私は視線を落として短く息を吐きだす。

 十年も経てば、夫の十七回忌が終わっている頃だろうか。
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