恋とカクテル
#6 キール
「彼氏にぃ、振られちゃったんです、さっき。他に好きな女ができたとか言って。私の2年間を返せって感じですよ」
多分既に相当酔っているだろう彼女は、「人生最悪の日です」と言って突然隣に座っていた僕に失恋話をぶつけてきた。からみ酒は正直勘弁してもらいたいし、いつもなら適当にあしらうところだけれど、他人とは思えないその境遇と、ついでに僕も相当酔っ払っているのでつい話に乗ってしまう。
「僕もねえ、さっき彼女の浮気現場に遭遇してきたんですよ」
「なにそれ詳しく」
いや反応が早いな酔っ払い。
今日の僕はまさに人生最悪の日だった。会社の先輩のミスを押し付けられて片道2時間も離れた取引先まで謝罪のために往復させられるし、やっと帰れると思ったら雨が降っていて、立ち寄ったコンビニで買ったばかりの傘は盗まれるし、あげく癒してもらおうと思ってサプライズで訪れた彼女の家では、言い逃れできない浮気の真っ最中だった。
「お兄さん可哀想」
「君も大概ね」
話をしているうちに落ち着いたのか、険しかった表情と眉間の皺が和らいだ彼女はなかなかの美人だった。
「お姉さん美人なんだから、きっとすぐステキな恋人が出来るよ」
「お兄さんがその相手になってくれる?」
上目遣いの彼女が、グイッと僕に近づいてくる、お姉さん、顔、近いです。
「ははっ。なんでですか」
「失恋直後は〜」
「恋のチャンスって?」
僕たちは今2人とも相当酔っている。明日になったら彼女も僕もこの時間のことを覚えているかも怪しいくらい、僕たちはふわふわ、前後不覚で危なっかしいたらありゃしない。
けれどたまたまバーで居合わせた名前もこの知らない女性と互いの失恋話を慰め合って、ひとしきり嘆いて、なんだか少し落ち着いてきた。
雨の夜に、涙で濡れた男女が出会うのもまた何かの縁かもしれない。
だからと言って安易に付き合ったりしないけれど。
「さて、明日も仕事なんでお兄さんはそろそろ帰りますよ」
「えー、もっと飲もうよ。私も仕事だけど」
「だめじゃん、あ、じゃあ最後に一緒にこれ飲みましょ」
そう言って、僕は店員さんにキールを2つお願いした。彼女はまだ不服そうではあったけれど、「お兄さん良いセンスしてるね〜」と言って提案を受け入れてくれた。
「では、この人生最悪の日に」
グラスを掲げて彼女を見つめる。
「最高の出会いに感謝して」
彼女も意味ありげに笑顔で僕を見つめてくる。
「乾杯」
「かんぱ〜い」
辛口の白ワインと、カシスの甘味が鼻から抜けていく。浮気されたり失恋されたりは勘弁だけれど、たまにはこんな、おかしな出会いがある夜もいいかもしれない。
結局その一杯では帰れなくて、僕らは店を変えて飲み直し、翌日二日酔いの頭を抱えて仕事に行くことになるのだった。
多分既に相当酔っているだろう彼女は、「人生最悪の日です」と言って突然隣に座っていた僕に失恋話をぶつけてきた。からみ酒は正直勘弁してもらいたいし、いつもなら適当にあしらうところだけれど、他人とは思えないその境遇と、ついでに僕も相当酔っ払っているのでつい話に乗ってしまう。
「僕もねえ、さっき彼女の浮気現場に遭遇してきたんですよ」
「なにそれ詳しく」
いや反応が早いな酔っ払い。
今日の僕はまさに人生最悪の日だった。会社の先輩のミスを押し付けられて片道2時間も離れた取引先まで謝罪のために往復させられるし、やっと帰れると思ったら雨が降っていて、立ち寄ったコンビニで買ったばかりの傘は盗まれるし、あげく癒してもらおうと思ってサプライズで訪れた彼女の家では、言い逃れできない浮気の真っ最中だった。
「お兄さん可哀想」
「君も大概ね」
話をしているうちに落ち着いたのか、険しかった表情と眉間の皺が和らいだ彼女はなかなかの美人だった。
「お姉さん美人なんだから、きっとすぐステキな恋人が出来るよ」
「お兄さんがその相手になってくれる?」
上目遣いの彼女が、グイッと僕に近づいてくる、お姉さん、顔、近いです。
「ははっ。なんでですか」
「失恋直後は〜」
「恋のチャンスって?」
僕たちは今2人とも相当酔っている。明日になったら彼女も僕もこの時間のことを覚えているかも怪しいくらい、僕たちはふわふわ、前後不覚で危なっかしいたらありゃしない。
けれどたまたまバーで居合わせた名前もこの知らない女性と互いの失恋話を慰め合って、ひとしきり嘆いて、なんだか少し落ち着いてきた。
雨の夜に、涙で濡れた男女が出会うのもまた何かの縁かもしれない。
だからと言って安易に付き合ったりしないけれど。
「さて、明日も仕事なんでお兄さんはそろそろ帰りますよ」
「えー、もっと飲もうよ。私も仕事だけど」
「だめじゃん、あ、じゃあ最後に一緒にこれ飲みましょ」
そう言って、僕は店員さんにキールを2つお願いした。彼女はまだ不服そうではあったけれど、「お兄さん良いセンスしてるね〜」と言って提案を受け入れてくれた。
「では、この人生最悪の日に」
グラスを掲げて彼女を見つめる。
「最高の出会いに感謝して」
彼女も意味ありげに笑顔で僕を見つめてくる。
「乾杯」
「かんぱ〜い」
辛口の白ワインと、カシスの甘味が鼻から抜けていく。浮気されたり失恋されたりは勘弁だけれど、たまにはこんな、おかしな出会いがある夜もいいかもしれない。
結局その一杯では帰れなくて、僕らは店を変えて飲み直し、翌日二日酔いの頭を抱えて仕事に行くことになるのだった。