また逢う日まで、さよならは言わないで。
昼間も晴天だったが、夜も今日は雲一つなく、夜空がよく見えた。
この辺りは街灯も少なく、高い建物もあまりないため、より一層星たちが光っているように見える。
6月も今日で終わり、明日から7月がやってくる。
天の川がきれいに見えた。
「……ああ。わかってる。こっちもこっちで……っ!」
聞きなれた声が右のほうから聞こえてきた。
声の聞こえるほうを向いてみると、さっきまで一緒に夕食を食べていた直哉が、隣の家のベランダで誰かと電話をしている。
顔は暗くてよく見えないが、声のトーンから言って、なにやら真面目な話をしているようだ。
私が直哉に気づいたとき、直哉もほぼ同時に私の存在に気づいたようで、慌てて電話を切った。
「……なにやってんの?」
「おまえこそ。寝たんじゃねえのかよ」
家が隣同士のため、飛び移れはしないが、声は届くくらい互いの家のベランダの距離はは近い。
直哉の声は少し上ずり、明らかに焦っていた。
いつも冷静で、表情もあまり崩さない直哉。だが今は、目を見開いて私を見ている。
「寝れなくて出てきたの」
「……お前にそういうことってあるのかよ。いつもベッド入った瞬間、爆睡してるじゃんか」
「あるよ。色々私にも悩みってものがあるの」
「いつものお悩み相談相手に相談すればいいんじゃね?」
「……それができないから、また悩んでるの」
「……何?」
私と会話しているうちに、少し直哉は落ち着いてきたようで、ベランダのふちに直哉は手をついた。
「何って……。私の悩み聞いてくれるの?」
「んー、俺が飽きるまでなら」
「……なにそれ」
私は自然と笑っていた。
久しぶりだった。
こうしてベランダで直哉と話すことは。
小学生の頃、いつもこうやって直哉と親に隠れて夜遅くまで話してて、二人して互いの親に怒られたことがあった。
そのころは、まだ直哉の両親も日本で一緒に暮らしてて、直哉のお母さんに無理やり家の中に連れ戻されていた光景を思い出す。
「どうした?」
「うんん。何もない。……ねね、直哉」
こんなことを言ったのは、ただの気まぐれだった。
「ん?」
「明日暇?」
「忙しい」
「じゃあ、暇だよね」
直哉が忙しいという日は大抵ゲームをするから忙しいという意味だ。
本当に忙しい時は、暇かと聞かれた時点で無理だと言われてしまうから。
「暇ではない」
「ねね、ホタル見に行こうよ」
「……ああ、夜な」
「うん、あと、昼はちょっと一緒に買い物行かない?」
「……友達と行けばいいじゃねえか」
「いいじゃん。今急に行きたくなったんだもん」
「ったく……」
断らないということは、いいよということだろう。
「じゃ、明日朝10時に家の前ね」
「はいはい」
直哉は眠たそうに、少しあくびをしながらそう言った。
私は、足取りが急に軽くなり、そのまま部屋の中へ戻った。
さっきまで寝られずにもがいていたベッドに腰を掛ける。
悩みはもう、いつの間にかどうでもよくなっていた。
私にきっと代名詞をつけるとするならば、きっと単純な女なのだろう。
明日は直哉と久しぶりに出かける。
二人で出かけるのは1年ぶりくらいだろうか。
しかし、1日を通して出かけるのは、何年振りか覚えていないほど昔のことだと思う。
誘ってもすぐに断ることが多い直哉だが、今回に限ってはすんなりと受け入れた。
最近の直哉は少し変だ。
口が達者で、何にでもつっかかってくることに関しては、相変わらずではあるが、私の話を、ゲームをやめてまで聞いてくれたり、私の誘いも断らなかったりと、私との接し方が、少し変わってきている気がしていた。
私はベッドに横になり、部屋の明かりを消した。
途端に睡魔はすぐに私を襲い、私はそれに身を任せた。