また逢う日まで、さよならは言わないで。
夜桜が冷たい風に揺れ、儚く散る。
その景色は刹那で、だからこそ人の心に残りやすいのだろう。美しいものは儚いと、うまく言ったものだ。
「春、もうそろそろ終わるね」
夕食を食べ終わったあと、唐突に夜桜を見に行きたいと直哉が言い出した。
それに半強制的に付き合わされた私。
少しだけならと、近くの公園に出てきた次第である。
ベンチに腰掛け、桜を見ながら周りに視線を時々落としてしまう私とは裏腹に、直哉は真っすぐと、自分の上に広がるその桜を見ていた。
その瞳は、どこか切なげで、儚いような気がした。
夜桜のように。
だからだろうか。
「来年も見に来れたらいいね」
そう、直哉に私は言っていた。
「ああ、そうだな」
そういって、やっと笑った直哉のその顔に私は安心し、その公園を私たちは後にした。
クラスで誰かが、イケメンは正義と言っていたことを思い出す。
激しく私がこの言葉に共感する日が来るとは思わなかった。
「來花ちゃんだよね。今日からよろしくね。」
そう、外に咲いている花々に負けないくらいきれいな顔立ちの男性が、目の前で私の名を呼んでいる。
近くのお洒落なカフェでのアルバイト初日の今日。
期待と不安を抱きながら、店の自動ドアを通ったその向こうには、客として数回店に通ったときも、アルバイトの面接のときにもいなかった彼。
いきなりの美青年の登場に緊張して私はうまく言葉が出なかった。
こんな緊張は、高校受験以来だ。
「あ、あ。よろしくお願いします。」
やっと出た言葉はそれだけだった。
「初めましてだよね。ヘルプでしばらく他の店舗に行っていたんだ。ここの副店長やってます。立花祐樹です」
「あ、浜辺來花といいます。お願いします」
「そんなに緊張しなくていいよ。楽にして。仕事もゆっくり覚えてくれればいいから。制服、更衣室に用意してあるから、それに着替えて。何かわからないことあったら何でも聞いていいからね」
そう言ってから、立花さんは私に背を向け、そのままキッチンへと向かった。
ただの、暇つぶしと、お小遣い稼ぎで始めたバイト。
初日にこんなにも心が躍るとは思ってもみなかった。
ついてる私。
心の中で小さくガッツポーズを決めて、私は更衣室へ向かった。